よりみち/達富 洋二

近所のお肉屋さんが店を閉めることになりました。小銭だけを持ってつっかけで行けるこの店は下町に住むものにとっては重宝な店でした。◆お肉を売る冷蔵のケースの隅にあるコロッケコーナーが好きで先週の日曜日もお昼に買いに行きました。◆小学生の頃の僕は近くのお寺にお習字を習いに行っていました。学校が終わって野球をしてから行くわけですからお習字が終わればもう夕闇です。晩ご飯に間に合うように走って帰ったものです。◆三年生のときの帰り道。お兄ちゃんとどきどきしながらコロッケを一つずつ買ったことがあります。二つで三〇円。お兄ちゃんが出してくれました。◆新聞紙に包まれたあつあつのコロッケ。ソースなんかいりません。コロッケの甘い匂いと新聞紙のインクの匂いと手についた墨の匂い。「はよ食べなあかんよ。落としたらあかんよ。晩ご飯も残したらあかんよ。」お兄ちゃんとのひみつです。◆食べ終わっても油のついた指が気になります。「はよ帰ろ。」ときおり通り過ぎる車の後ろの赤いライトを見ながら油と匂いの混ざった新聞紙を丸めてポケットに押し込みました。