問わず語り/達富 洋二

昼間の近鉄電車に一匹のチョウが乗ってきた。小倉駅で扉から乗ってきた。携帯電話の中吊り広告に数回当たったとき扉が閉まった。◆電車はやがて地下に潜る。車内は昼間の世界に闇を作る。普段ならだんだんと夕闇ができあがるはずのチョウの周りは一瞬で黄昏れた。◆はす向かいに座っている子どもが母親にチョウのことを教える。母親はその向こうの宝くじのチラシを読んでいる。その視線の前をチョウがよぎっても女の眼はチョウを追いかけない。◆子どもは席を立ち背伸びをしようとする。母親が右手で動くことを制する。「チョウがいるし」とだけつぶやいて子どもが座った。◆子どもは四条駅で一緒に降りようとチョウに手招きをする。母親がもっと強く子どもを引っ張って降りていく。◆どこで降りるつもりかは知らないがそこは小倉の駅ではないんだぞ。誰も助けてくれないんだぞ。北大路駅で降りるときあいつはすまして宝くじの「く」の字にとまっていた。