夜の蝉/達富 洋二

虫取りは北野の天神さんより平野さんがいい。バッタにカマキリ、玉虫だって見つけたことがある。蝉はもちろん平野さん。天神さんの蝉は高いところにいるから捕れない。◆そんなことを思い出しながら平野神社に夕涼みに行った。作務衣に草履。エビスの缶をひとつ提げてゆっくり歩いた。◆腰を掛けるのにちょうどいい大きな石からは桜の木の裏側が見える。土の中から蝉の幼虫が新しい世界をめざして出てくる。はじめて出会った他人がビールを飲んでいる僕であったことは幸か不幸か。◆作務衣の胸元に幼虫二匹をくっつけて連れて帰った。我が家の吹き抜けの下に置いてやるとずんずんと登っていく。枝も葉もない。お月様も見えないのにずんずん歩く。◆今夜は鱧の落とし。涼しげな器に白い身が眩しい。その時。何とも喧しい蝉の声。見上げれば天井近くで二匹のオスが競っている。◆扇風機からの風を受けて窓枠にとまって鳴いている蝉も風流だ。夜の蝉を聞きながら熱燗をもう一杯。ひょいと飛んだ小さい方が電話の横の鉛筆に止まってミーンミーンと鳴いている。