天王寺駅ビル/達富 洋二

天王寺のステーションビルから近鉄に続く歩道橋があります。交差点の上を四角くつなぐ歩道橋です。その歩道橋から近鉄に入るところに花屋があります。静かに花を売っている店です。その横にガラス戸がありますからそこで待ち合わせましょう。早く着けばガラス戸から花屋を見ているといいです。わたしもよく手摺りに体をあずけて花屋を見ているのです。では夕方の六時に花屋の横で待ち合わせをしましょう。さようなら。◆僕の友人の中でいちばん年の離れた彼との電話を切った。約束は木曜日。あと五日。年上の友人はどんなかっこうで現れるかと想像を繰り返した週末。四角につなぐ歩道橋から入っていくことのできる百貨店の花屋。もう何度も頭の中で繰り返した月曜日。体調を崩してはいないか心配になった火曜日。電話をすると会えない気がした水曜日。◆僕は五時に花屋の横に立った。ガラス戸から見える花屋は間違いなく静かだ。何人もの人が通り過ぎる。いくつもの声が夏の花を揺らす。幾重もの足音が歩道橋を揺らす。◆清原久元先生はずっと前から歩道橋の向こうから花屋をのぞいている僕を見ていたらしい。「達富さんの花屋ののぞき方があまりにいいのでここに来るのが遅くなりました」と清原久本先生が現れたのは五時四五分だった。それから僕たちは天王寺駅ビルの天ぷら屋に行ったけど清原先生は天ぷらの入っていない天ぷらうどんを音を立てて食べていた。