晩酌の肴/達富 洋二

おぼろ豆腐が好きでよく晩酌の肴にした。見た目はくずれた豆腐。子どもの頃は四角くないこの豆腐のおぼろはおんぼろのことだと思っていた。親父は醤油も何もかけず箸でくずしながら食べる。もちろん子どもの口には入るはずはない。◆日曜日の夕方。植木に水を遣っていたらおぼろ豆腐を思い出した。熱くなった地面からの水の匂いが夏を思わせたからだろう。じょうろを置いてポケットの小銭を確かめてそのまま御前通りの豆腐屋まで歩いて出かけた。上七軒のかどの家の庭に山椒の新芽が出ている。帰りに日が暮れていたらちょっと摘んでやろう。◆さて豆腐屋。列の後ろに並んでおぼろを眺めているとその隣ににつまみ湯葉というのがある。三〇〇円。おぼろをさらにくずしたような姿からは豆の香りがぷんぷんしてきそうだ。日本酒にぴったりだ。◆二つ買うには小銭がない。どっちを連れて帰るか決めないうちに順番がきた。店の婦人がおぼろを包んでいるのを見ながら次は五〇〇円玉を持って来ようと決めた。◆帰り道。おぼろの入った新山椒の香りいっぱいの白い袋を振り回しながら早い月を見ながら歩いた。