梅干しのたね/達富 洋二

十二時五十分。弁当をひろげる。窓の向こうの比叡山はどっしりと座っている。熱い湯と一保堂の番茶。部屋は一瞬で昼になる。◆ゆっくり食べるわけではない。十五分で食べ終える。◆遠くの信号が音を響かせその中をバイクが過ぎていく。ぷいとはき出した梅干しのたねがカラリと音を立て弁当箱のふたに転がった。電線が上下に揺れその乗っかっている雀は波にまかせているようだ。◆本でも読みながら食べようかと本棚から取り出した分厚い書物は先ほどと同じ場所。食べ始める前に放りだした万年筆はすっかりペン先が乾いてしまっている。◆十五分間の昼食。同じ空の下。同じ時間帯。中学校の教室で息子が同じおかずを食べている。十五分で同じように箸を動かし同じ順番で食べている。◆「きょうの卵焼きは美味かったな。」一時五分。湯飲みを持ち椅子を回転させる。比叡山はずっと座っている。きっと息子の弁当箱でも梅干しのたねがカラリと音を立てているに違いない。