鏡にうつる/達富 洋二

右の腕が上がらない。思い当たるふしがないわけではない。あいつだ。運動場の端と端に立って長いキャッチボールをした。運動会の後。僕を調子にのせたあの細身の太い眉の若い男だ。◆違うあのときだ。志賀高原で慣れないボードに投げ飛ばされたときだ。こぶがいくつも続いた。アースカラーのウエアを着てこぶの陰に座り込んでいた女の子を除けそこなったときだ。そこは座るところじゃない。◆そうじゃない。あの場所だ。祇園のスナックの階段だ。いつもはエレベーターなのにその日は違った。五階に行くか地下に行くか。ほんの少し考えて階段で降りることにした。玄関脇の階段はひれ酒に酔った脚には急すぎた。崩れかかった大きな躰を支えたあの場所だ。◆背中を洗うのが不自由だ。上着を着るのに時間がかかる。寝返りで目が覚める。◆内側から消毒すればいいって。馬鹿。そんな冗談も言いたくないほど痛い。◆逆療法。丸めた靴下を洗濯機に向けて投げた。激しい痛みとともに明後日の方に飛んでいった。やれやれ。散らばった靴下を取りに行ったとき四〇の顔が鏡の向こうに揺れた。