十三まいり/達富 洋二

二十歳の頃渡月橋のたもとの大きな石に腰を下ろし川端の小説を手に昼下がり時間を楽しんでいました。◆北山杉に抱かれていた水が大きな流れをつくり青と緑を織りなす此処は絶好のひなたぼっこの場所でした。◆「山の音」の主人公の男の生き方はあぶなっかしい不確かさを感じさせます。しかし絶妙に自身を振り返り思いを巡らします。そこに妙に憧れてしまうのです。◆学生だったあの頃は振り返ってみることなどしませんでした。毎日を過ごすだけです。大人をめざしてはいたのでしょうが本気で道草を喰うということは知らなかったのでしょう。◆何年ぶりでしょうか。先日石の上にどっかりと腰を下ろしました。すぐそばいる学生は若い頃の自分のようです。その尖った背中は豊かな川の水がつくった丸い景色にはほど遠いもののようです。道草の途中の私にはそう見えました。◆「うしろふりかえったらあかんえ。おまいりがだいなしになるで。」橋の上から法輪寺十三まいり帰りの声。橋を越えたら振り返ってもいいよ。私は小さく思いました。