十五歳の恋をのぞく/達富 洋二

新美南吉が生まれた大正二年七月三〇日は奇しくも歌人伊藤左千夫がこの世を去った日である。生命が絶えないものであるとするなら南吉は左千夫の生まれ変わりとでも言えよう。◆左千夫の代表作「野菊の墓」は十五歳の少年政夫と民子との淡い恋の物語である。作品は「民子は余儀なき結婚をして遂に世を去り、僕は余儀なき結婚をして長らえている。民子は僕の写真と僕の手紙とを胸を離さずに持って居よう。幽明遙けく隔つとも僕の心は一日も民子の上を去らぬ。」で終わっている。◆時に「我がヴィナス」と呼び、時に「M子」と呼んだ一人の女性が頻繁に登場する日記は南吉が中学校三年生から四年生にかけて綴られた。南吉十五歳の頃のことである。◆少年の恋などどこにでも転がっているものだ。あの熱いほこりっぽい川沿いの道を歩くまではそう思っていた。◆新幹線の窓から山が見える。夏の夕景は伊吹山までの山々の重なりを規則正しいリズムの紺色の濃淡に作り上げている。僕は時間にとけ込みそうな恋をのぞいてしまったのかもしれない。

2007年8月26日 | カテゴリー :