懐手で匂いを楽しむ/達富 洋二

色の違いはそれぞれの色の名前で言えるが匂いの違いはそうはいかない。難しい顔をしながら、もったいぶって何々の匂いのようだと言うしかない。◆匂いと味はひとつである。子どもの頃、だしじゃこの水揚げされた港の違いによって味噌汁の味の違いを当てて母を驚かせた。冷や奴の味は豆腐ができたときからの時間が勝負だ。豆くささが逃げてしまう。◆駅弁はへぎの弁当箱がいい。京都駅の幕の内は今でもへぎだ。先日、東京へ向かう新幹線の中で同じ駅弁を買った隣の紳士が鞄から七味を出してふりかけた。漂うすっとした匂いがたまらない。粋なことをする方だ。自身は何の香水もつけていないのに。◆曇り空の日曜日、今宮さんへの散歩の帰り。向かいどうしの二軒のあぶり餅の匂いは確かに違う。昼に食べたものを思い出してこっちかそっちかを決めるのはいつものことだ。◆室生犀星の詩「なめくじのうた」ではないが、懐手で学者のような顔をして匂いを楽しみながら歩くのも楽しい。とかく年の瀬は味の匂いが多い。