昭和/達富 洋二

昭和三〇年代の京都西陣に生まれた僕には路地裏の匂いが染みついている。当時、西陣は元気だった。生活の中でみんながうるおっていた。◆午前中に犬を連れて魚を見せて回るばあちゃんがいた。魚を決めさせ、「お造りか。焼いとくんか。」だけを聞いたら夕方に料理されて届けられる。それを肴に親父は伏見の二級酒を飲んでいた。◆古い大八車で野菜を運ぶのは賀茂の振り売り。季節の旬が山盛りになっている。冬は水菜とすぐき。あのすっぱいだけの漬け物の美味さが分かるようになったのはずいぶんあとのことだ。◆近くの市場の卵屋。ほしい個数を言うと籾殻に埋まった卵を掘り出してくれる。右手に二つの卵を握り裸電球に透かしてみる。何が見えるのかは分からない。「ええ玉ばっかりや」渡された僕は揺れないように抱えて母のあとをついて行く。◆昭和が懐かしい。僕はその頃の景色をたどって今日も息を吸う。見上げた長屋越しの小さな空に路地裏の月も西陣を懐かしんでいる。