月と語る/達富 洋二

やさしく笑うなんてことしていない。いつからだろう。そんな大人になったのは。子どものよう笑った最後っていつだろう。ほとばしる感受性をめいっぱいに咲かせたいのに。風に吹かれたいのに。いつからだろう月と語るようになったのは。◆罪深いことをしたかもしれない。それなりの報いも受けた。僕の生きてきた道なんてほめられたものじゃない。だけどそんなに引きずりたくもない。小さくて貧しい生き方だった。そんな僕だってお月さんはいつも見てくれている。月はみんなのものだ。◆そういえば二日前。照らされていないところまでも薄く輝かせながら月が浮いていた。せがれは頑張っているなあと言った。妻は恥ずかしそうだと笑った。僕は見てはいけなかったかなあと山の背に目を伏せた。◆そんなものだ。誰が見ても月は月。だけど月はいつも同じ景色ではない。立ち待ちの月は元気だ。居待ちの月はおとなしい。伏し待ちは凛と光っている。朝帰りの月は父の顔をしている。◆ねえお月さん。もうしばらく聞いていておくれ。