謡うも舞うも/達富 洋二

お寺さんがやって来て父の月命日ごとに法要をしてくれます。経典を見てもいいのですが私は父との思い出と遊ぶことにしています。そうすると一時間のお経などあっという間です。◆何種類のお経なのか数えたこともたずねたこともありません。ですが雰囲気に違いがあることは分かります。◆そうなると私の思い出もお経ごとに変わってくるのです。不思議なものです。このお経の時はこの思い出というようになるのです。◆無念の念を念として謡うも舞うも法の声◆不浄な私には何のことかは分かりません。しかしこの部分を耳にすると決まって父が平野神社で蝉を捕ってくれたことを思い出すのです。◆オスだけが鳴くことを知らなかった私はメスを捕ってくれた父を困らせました。やっと捕れたオスが網の中では鳴いていたのに私の手の中では黙ったことも気に入りませんでした。◆逃がしたら鳴くで。放してみよし。鬱蒼とした桜の森のわずかな青空に向かって蝉を放すと父の言ったとおりじじじと言い残して飛んで行ったのを思い出すのです。