小学生の頃、京都西陣にある僕の学校の参観日では、母親たちはほとんど和服だった。子どもながらに、自分の母ちゃんの着物に期待していた。帯の締め方、着物の模様、羽織の色もそうだけど、僕は、帯締めの組紐の色の組み合わせまで気になっていた。それに加えてもうひとつ自慢があった。
あっ、お母さん来はった。
国語の本を読んでいても計算をしていても指を規則的に上下させてアマリリスを吹いていてもわかった。
お母さんの匂いや。
母の匂いには品格があった。
僕が18の頃。「これは洋二の匂いやさかい大事にしいや」とくれた匂い袋。そのときの調合通りにはできないけれど、僕の紺のジャケットには今でも母の匂いが染み込んでいる。
神さま、きょうもいつくしみをありがとうございます。