きょう、僕はほんとうに尊い時間に包まれていた。15歳の《問い》って、どうしてこんなに瑞々しいんだろう。それはガラス細工のように繊細で、どこまでも伸び続ける大地の根のようで、広げきれない翼みたいにしなやかで、ときにあやうく、ときに頼りがいがある。僕は15歳の《問い》の魅了されている。
中学生の兄貴分の僕の弟分が語りはじめる。
とにかくマッピングしてみましょう、と15歳が受け取る。
じゃあ、これをもとに感じたことを伝え合いましょう、とさらにつないでいく15歳。
生徒の中にいて安心に満たされるというのがいい。生徒をなんとかしなければと思い巡らせなくていいのがいい。生徒と時間を創造し共有しているという実感がなおいい。
だから、僕が言ったことばはひとつだけ。
「問いの解決を急ぎすぎないようにしよう。」
大切な中学校。尊い生徒。かけがえのない時間。すべてにありがとう。
帰り道、お腹が空いているはずなのに、今しがたのことを思い出すことに耽っている僕のグラスから泡が消えていく。本当はもっと美味しいお店なはずなのに、きょうばかりはしいたけ肉そばとビールよりも15歳の《問い》。
そうそう、さっきの中学校。いろんなところに語彙が落ちている。例えば、さりげなく廊下に立てかけられていた小黒板。
「生徒の生活の中に語彙が置いてある」。こんな中学校、僕は見たことない。
神さま、きょうもいつくしみをありがとうございます。ほんとうにありがとうございます。