何気ない生活のこと,故郷,京都のこと,旅のこと。学級担任をしていた頃のできごと。
ことばを綴るのは上手くないけど,そのときのやさしいことばで日常を残しておきたいっていつも思っています。先日,ずいぶん前のノートや文集をひっくり返して,残っているものを探してみました。
「路地裏の月」。達富洋二の作文のページです。
何気ない生活のこと,故郷,京都のこと,旅のこと。学級担任をしていた頃のできごと。
ことばを綴るのは上手くないけど,そのときのやさしいことばで日常を残しておきたいっていつも思っています。先日,ずいぶん前のノートや文集をひっくり返して,残っているものを探してみました。
「路地裏の月」。達富洋二の作文のページです。
いつから暮らしているのか坪庭の一匹のこおろぎが鳴いている。少し開けた窓からひんやりした風と透き通る声が流れてくる。本をめくる指先が少しだけ冷たくなってきた。◆飲み直そうかな。もう一杯だけ。寝返りを打つと先ほどと違う方の耳にもこおろぎの声が入ってきた。◆豆腐が冷蔵庫にあったはず。鰹をふりかけてもいいし少し温めて醤油をかけても美味い。居間からならこおろぎの声もよく聞こえるはず。◆さっきから同じ所ばかり読んでいるのは虫の声のがやかましいから。やっぱり飲もうかな。いやこのまま薄手の夏布団にくるまっていたい気もする。どうしようか。◆地蔵盆のときにもらったするめが残っていたように思う。それなら日本酒。「ダム建設と経済効果」の本はもうそろそろ飽きてきた。◆少し大きな風に揺れたすだれの向こうにのぼってきた月が誘ってくる。うさぎがひっくり返って誘ってる。寝酒もいいなあ。よしっ。◆厚めに切った板わさを肴にこうして僕の月見酒がはじまる。虫の声はもう聞こえないのに。
小学生の頃。土曜日の学校帰りはもうお腹がすいてたいへんでした。小走りで野球帽を振り回しながら路地に入るといろんなにおいが僕を迎えてくれました。◆僕のうちからはいつも菜っぱとおあげのたいたんのにおいです。裕福でなかったからか僕が好きだったからか分からないけれど土曜日のにおいでした。そしてそれがあたりまえの風景でした。◆菜っぱとおあげのたいたんには冷やごはんが合います。少しかたまったごはんを口に入れておつゆを飲むと口の中でごはんつぶがいい感じになるのです。菜っぱを食べていくうちに下の方からおあげさんを見つけたらそれはもう宝物です。◆昭和六年の「赤い鳥」に京都の小学校の子どもの「煙突」という詩が載っています。学校から帰ってきた。/家からは/昼のうどんをたくにほひが/ぷんぷんしてくる。/雲がしづかに流れてゐる。/煙突がしづかに流れていくやうだ。◆子どもの見るお昼の風景。普通の景色。僕はこの夏休みにこの詩を見つけてどんなにか子どもの頃に戻りたいと思いました。
虫取りは北野の天神さんより平野さんがいい。バッタにカマキリ、玉虫だって見つけたことがある。蝉はもちろん平野さん。天神さんの蝉は高いところにいるから捕れない。◆そんなことを思い出しながら平野神社に夕涼みに行った。作務衣に草履。エビスの缶をひとつ提げてゆっくり歩いた。◆腰を掛けるのにちょうどいい大きな石からは桜の木の裏側が見える。土の中から蝉の幼虫が新しい世界をめざして出てくる。はじめて出会った他人がビールを飲んでいる僕であったことは幸か不幸か。◆作務衣の胸元に幼虫二匹をくっつけて連れて帰った。我が家の吹き抜けの下に置いてやるとずんずんと登っていく。枝も葉もない。お月様も見えないのにずんずん歩く。◆今夜は鱧の落とし。涼しげな器に白い身が眩しい。その時。何とも喧しい蝉の声。見上げれば天井近くで二匹のオスが競っている。◆扇風機からの風を受けて窓枠にとまって鳴いている蝉も風流だ。夜の蝉を聞きながら熱燗をもう一杯。ひょいと飛んだ小さい方が電話の横の鉛筆に止まってミーンミーンと鳴いている。
あかんあかん今この子はへんねしおこしてるさかい。部屋の片隅で座布団の角に付いている紐を触りながら僕はそんな声を背中で聞いていた。へんねし。幼児期の僕を見事に言い当てた言葉だ。◆こんなことがあった。裏のおとふやさんにおあげを買いに行くおつかいだった。
おあげいちまい。ちょっと待ってや。袋入れるさかいな。おばちゃんがおあげをポリ袋がくしゃくしゃになってセットされているトンネルみたいな所に通さはる。トンネルから出てきたらおあげはちゃんとパックされてる。不思議やなとおもて下からのぞいてたらおばちゃんがおからくれた。おかあさんといっしょにくるときもらうのよりもっと大きいおからや。
こんなんもろた。おとうさんもびっくりしはるやろな。はよ帰って見せな。はよ見せなあかん。
ただいま。おからもうた。なあなあおから。おからくれはったで。
何回ゆうてもみんなお兄ちゃんが学校でもろてきた朝顔の話ばっかりや。おあげとおからを流しにおいてできるだけみんなが見えるところで丸くなる。◆どうしたん。はよこっちきよし。ごはんさめるで。◆そんなことでへんねしはなおらへん。一度おこしたへんねしは自分との戦いや。お兄ちゃんが二階に行かはらななおらへん。
十一号館の玄関先に桔梗が咲いている。見過ごしてしまいそうだけど一生懸命に咲いている姿はとってもけなげ。足をとめて触ってみたくなっちゃう。◆誰には気づいてもらっていて誰とは目が合うか桔梗たちは知っているよう。僕の足音を聞くとまだ僕は五号館の前辺りなのにすっと背筋を伸ばしはじめる。僕は通り過ぎるとき「よおっ」ってひと声。◆きのう桔梗たちがああだこうだと盛り上がっているのを僕は目撃。僕に気づいていない桔梗たちはゆったりとしてる。欠伸の音までしそう。その姿がかわいくてたまらない。愛おしくて持って帰りたいくらい。◆まだ僕に気づいていない。本当。僕はもう桔梗たちの目の前。足音どころか息がかかりそう。おいおいって感じ。あまりに無防備な桔梗たちに僕の方が慌ててしまう。◆そうそう空っぽの教室ってきっとこんなふうに油断してるはず。そういうのってすごく魅力的。声をかけたくなる。誰もいないと思ってるのかい。ちがうちがうぼくはさっきからずっとここにいるんだって。
京都の夏。本当に暑いものです。梅雨時はなおそう感じてしまいます。そこで離せないのが汗を拭く手拭い。実は私はハンカチよりも日本手拭い派です。◆温泉巡りが好きなものですから出張の時にほんの三〇分も時間があればひと風呂浴びて来ます。ご当地の湯の手拭いがいい思い出になります。◆自宅の風呂でも気分は旅。八甲田蔦温泉の手拭い。愛媛松山の道後の温泉。信州塩田平は別所温泉。手拭いを頭にのせて荒城の月を歌いながら楽しんだのは九州岡城の長湯。◆各地の手拭いを上着に入れて夏をしのいでいます。先日は二十歳の頃の大学の学章の入った手拭いを使いました。えび茶色の手拭いは野球の応援の時にははちまきに使ったことを思い出しながら新町通りのグランドの横を歩いていました。その頃の僕はジーンズに開襟の白シャツに下駄。◆今は年のせいかその頃より汗はかかなくなりましたが手拭いでぎゅっと顔を拭いた時の気分は同じです。青い初夏の京都の空を見上げると高いポプラから吹く鴨川からの風がすっと横っ面を通り抜けていきました。
あまりにも暑い日が続いたので葦簀を立てかけました。窓際の川魚の水槽も陰の中に入りアブラハヤも涼しそうです。◆適度な風が入ってくるこんな日曜日は縁側で枝豆という気分です。近所の子どもの声も気になりません。いそいそと栓抜きとコップを用意していると夕立。◆にわかに暗くなってきた空は酒のつまみにはなりません。見るとはなし向かいの物干しを見ていると葦簀を伝うしずくが微妙な動きをしているに気がつきました。◆ほんの少しの隙間をあけて織ってあるわけですからその間は雨だれの通り道になります。隙間が広すぎても狭すぎてもすうっとは動きません。あまりに広すぎるとしずくは止まり大きなレンズになってしまいます。向かいの物干しが逆立ちに見えます。◆二本目のビールに酔ったのかごろんと腕枕。地面が右頬に空が左目に。葦簀も角度を変えて見えます。伝うしずくはあみだくじのようです。右に曲がって左下に落ちて。そうそうそのまま下に。ぽとんと落ちた大きめのしずくの横をアブラハヤがつうと泳ぎました。
お寺さんがやって来て父の月命日ごとに法要をしてくれます。経典を見てもいいのですが私は父との思い出と遊ぶことにしています。そうすると一時間のお経などあっという間です。◆何種類のお経なのか数えたこともたずねたこともありません。ですが雰囲気に違いがあることは分かります。◆そうなると私の思い出もお経ごとに変わってくるのです。不思議なものです。このお経の時はこの思い出というようになるのです。◆無念の念を念として謡うも舞うも法の声◆不浄な私には何のことかは分かりません。しかしこの部分を耳にすると決まって父が平野神社で蝉を捕ってくれたことを思い出すのです。◆オスだけが鳴くことを知らなかった私はメスを捕ってくれた父を困らせました。やっと捕れたオスが網の中では鳴いていたのに私の手の中では黙ったことも気に入りませんでした。◆逃がしたら鳴くで。放してみよし。鬱蒼とした桜の森のわずかな青空に向かって蝉を放すと父の言ったとおりじじじと言い残して飛んで行ったのを思い出すのです。
親父が逝って一年になる。昨年の今頃はと思う。最後の風呂に入れてやった。最後のひげを剃ってやった。髪を洗ってやった。最後の…。◆僕がやりたいと言ってはじめた少年野球。親父はよくキャッチボールの相手になってくれた。地元ことばだろうか。親父はボールをほうるからキャッチボールのことを「ほり」と言った。◆土曜の夕方は親父を独占できるほりの時間だった。路地裏にボールの音が響く。何も言わず床几に座って顔を右に左に動かす向かいのじいさん。取り損ねるのを期待して後ろでボールを待っている年下の男の子。赤ん坊を寝かせながら親父と話すおばちゃん。僕はもくもくと全身の力を入れて速い球をほうった。◆終わってから駄菓子屋に行ってコーラを飲むのが楽しみだった。僕は小さな瓶。親父はホームサイズの瓶。大きな瓶をすっと飲む親父はかっこいい。僕はいつも追いつこうとあわてて飲んだ。◆「球はよなったな」「ほんまぁ」久しぶりに手をつないでの帰り道。路地の入り口に白いおしろい花が咲きはじめていた。
僕の記憶では京都の市電は二十五円。わら天神の前から京都駅までのは四番だったっけ。◆お気に入りは西大路から北大路のカーブを横に揺れながら曲がる姿。そして円町で国鉄と交わるところ。山陰線の音が近くなりちょうど重なって通過するともう最高だ。◆少しだけ高くなった島のような停留所も楽しかった。堂々と道の真ん中にいられるのだから自動車よりもえらくなった気分だ。どんじゃんけんぽんをしておばあちゃんにおこられたっけ。◆市電が無くなる。そのニュースを聞いたときは確かに寂しかった。そして僕はどうしても市電の敷石が欲しくなった。できればわら天神の停留所の近くにある雨が降れば薄緑色になるのが欲しい。◆持って帰ってはいけないとは思いもしなかった。昼下がり多くの大人に手伝ってもらいながら三十キロを超えるような石を持って帰った。米屋のおじさんは大きな荷台の自転車に乗せてくれようとした。酒屋さんは台車で信号まで運んでくれた。◆今では庭の青い矢車草の横でそいつは苔むして横たわっている。
新任の頃。僕の隣に座っていた三〇代の男性は周囲から伝書鳩といわれていた。夕方の誘いに一切応じず家と職場を往復していたからだ。◆彼の名札の表裏を見れば時計を見なくても八時十五分と五時十五分が分かるとまで言われていた。当の本人は気にしていない。◆朝の地下鉄で一緒になったとき今夜のラーメンを誘ってみた。うれしいことゆうてくれるなあ。来月の第二金曜に行こう。◆四週間後の金曜日の五時二〇分。僕たちは最初で最後の晩餐に向かった。お勘定を済ませた三分後。二人は地下鉄のホームに立った。彼は一秒も休まずしゃべり続けた。職員室の彼ではない。時計を見ながら機関銃のようにしゃべり続け大国町で降りていった。◆彼がいなくなった御堂筋線は妙に静まりかえり僕は悪いことをしてしまったような気分になった。◆僕は糸の切れた凧と言われていた。出勤札のない職場に長くいたからだと説明していた。転職を機に今はタイムカードを持たされている。一ヶ月の勤務状況はきわめて優秀な伝書鳩だ。周りに悪友がいないからだと僕は説明している。
二十歳の頃渡月橋のたもとの大きな石に腰を下ろし川端の小説を手に昼下がり時間を楽しんでいました。◆北山杉に抱かれていた水が大きな流れをつくり青と緑を織りなす此処は絶好のひなたぼっこの場所でした。◆「山の音」の主人公の男の生き方はあぶなっかしい不確かさを感じさせます。しかし絶妙に自身を振り返り思いを巡らします。そこに妙に憧れてしまうのです。◆学生だったあの頃は振り返ってみることなどしませんでした。毎日を過ごすだけです。大人をめざしてはいたのでしょうが本気で道草を喰うということは知らなかったのでしょう。◆何年ぶりでしょうか。先日石の上にどっかりと腰を下ろしました。すぐそばいる学生は若い頃の自分のようです。その尖った背中は豊かな川の水がつくった丸い景色にはほど遠いもののようです。道草の途中の私にはそう見えました。◆「うしろふりかえったらあかんえ。おまいりがだいなしになるで。」橋の上から法輪寺十三まいり帰りの声。橋を越えたら振り返ってもいいよ。私は小さく思いました。
おぼろ豆腐が好きでよく晩酌の肴にした。見た目はくずれた豆腐。子どもの頃は四角くないこの豆腐のおぼろはおんぼろのことだと思っていた。親父は醤油も何もかけず箸でくずしながら食べる。もちろん子どもの口には入るはずはない。◆日曜日の夕方。植木に水を遣っていたらおぼろ豆腐を思い出した。熱くなった地面からの水の匂いが夏を思わせたからだろう。じょうろを置いてポケットの小銭を確かめてそのまま御前通りの豆腐屋まで歩いて出かけた。上七軒のかどの家の庭に山椒の新芽が出ている。帰りに日が暮れていたらちょっと摘んでやろう。◆さて豆腐屋。列の後ろに並んでおぼろを眺めているとその隣ににつまみ湯葉というのがある。三〇〇円。おぼろをさらにくずしたような姿からは豆の香りがぷんぷんしてきそうだ。日本酒にぴったりだ。◆二つ買うには小銭がない。どっちを連れて帰るか決めないうちに順番がきた。店の婦人がおぼろを包んでいるのを見ながら次は五〇〇円玉を持って来ようと決めた。◆帰り道。おぼろの入った新山椒の香りいっぱいの白い袋を振り回しながら早い月を見ながら歩いた。
夏日の午後。お気に入りの緑の自転車で御所まで出かけました。車の多い今出川を避け寺之内通りを通りました。◆休みの日の午後。路地にはたくさんの子どもが遊んでいます。この日は久しぶりに地面に絵を描いている兄弟を見つけました。絵を踏まないようにそおっと自転車をすすめます。長く続いている線路を見るとちょっと通ってみたくもなります。◆御所では日陰を探してお弁当を食べました。頭の上では松が花を咲かせています。蟻が卵焼きをねらっています。雲がゆっくりと流れていきます。◆ひと眠りのあと自転車にまたがると空気が抜けているではありませんか。ここは烏丸です。急に西日が強くなったような気がします。後ろのタイヤを持ち上げながら人通りの少ない道を西に行きました。◆来るときには気づかなかった風景もたくさんあります。たくさんのお地蔵さんに会いました。はじめての魚屋さんと話しをしました。◆角を曲がると線路が出来上がっていました。辺りを見回してから兄弟の線路を横取りして歩きました。
一ヶ月ほど続いた花見の景色も終わりました。私の散歩途中にある平野神社も普通の風景に戻りました。一昨日のお昼は一人で静かな散歩を楽しみました。◆桟敷席も提灯もすっかり外されて神社はずいぶん広く見えます。桟敷がどのように並べてあったのか思い出せないのが不思議です。提灯はどこにぶら下がっていたのでしょう。◆道ばたの石に腰掛けてよく見ると地面には桟敷の土台がくい込んだ跡が残っています。ひと月も押さえられていたせいかそこだけはまだ春が来ていないようです。何とか暖かさを見つけようとしたのかカラスノエンドウがはすかいにのびています。◆軒下には小さな砂山が残っていました。見ると山に幾つものキリンビールの王冠が埋められています。大人の花見を待った子どもの悪戯でしょう。山のてっぺんにはりんご飴の割り箸が立っています。◆葉桜の上にはもう初夏の青い空が光っています。きょうは半袖で大丈夫です。学校が終わる頃でしょうか。なごりの花の向こうに大きなランドセルが踊っています。
研究室に入るとまず窓を開けます。これは旅先でも同じ。宿に着くとどういうわけかカーテンを開けて外を眺めてしまいます。何を確かめているわけでもありませんがそうしてしまっています。◆この部屋に引っ越して来たときもまずそうしました。向こうには日ごと色を変える比叡山がすっと立っています。なかなかの眺めです。◆しかし目の前には電信柱。迫ってくるように立ち並んでいるのが目障りです。これさえなければ山が真正面なのに。気に入ったはずの景色なのに急に冷めてしまい西側の研究室にすればよかったかなと思いはじめました。◆その思いは日ごと増えるかというとそうではありません。不思議なものです。見ようとしなければ見なくてすむようになったのです。写真では無理な話です。そうなるとこの景色が妙に気に入ってきました。◆ゆうべはちょっと遅くまで部屋にいました。帰り支度をすませ暗い窓に近寄るとブラインドの隙間から五本の電信柱がドッテテドッテテと手をつないで踊っているのが見えました。
まずは「モチモチの木」の影絵に取り組みました。読む。切る。動かす。自分のしたいことをする。ですからみんな前向きです。◆枝の部分を切っているあいだも豆太を動かしているときも教室には誰かの音読が響いています。「次はどの文章」というより「次は誰の声」という聞き方になってきました。◆「昼間だったら見てえなぁ」誰もがその担当者のその読み方を待っているのが分かります。いちばん最初に読んだ私の読み方などどこにも残っていません。◆まだ十三分や。まだはやいわ。いつの間にかストップウォッチを持つ子どもが出てきました。練習です。切り絵を動かす動作に無駄がなくなってきました。豆太の動かし方には余裕が出てきました。◆十六分。あとは歌を歌ったら二〇分。みんなで顔を見合わせたのは発表前々日でした。◆選んだ歌は「ともだちになるために」ともだちになるために/ひとは出会うんだよ/誰かを傷つけても/幸せにはなれない◆『モチモチの木』はみんなの心にいろいろなものを残しました。三年ろ組にはとびっきりの「やさしさ」があります。
大学を卒業し志願して離島の教師になりました。島ですから求めなければ情報はやっては来ません。◆出かけた先は国語教育研究全国大会。詩人であり教師である戸田和樹の「夕日が背中をおしてくる」の授業を見ました。以来十余年。この詩は子ども賛歌であるとともに私の背中をおしてくれるものとなりました。◆昨春。本校教官室で戸田和樹と出会ったのは運命です。戸田の「夕日」を担任している子どもたちに受けさせたいと強く思うようになりました。◆十一月十一日。戸田が教室に入ってきました。「みなさんと詩を読みたいと思います。」十年ほど前と同じです。強い授業です。やさしさの中に厳しさがあります。◆さよならさよならさよならきみたち/ばんごはんがまってるぞ/あしたのあさねすごすな◆私の三十七人が戸田と勝負をしています。引きません。戸田はさらに攻めてきます。発言した子どもは再び切り返される戸田の問いかけに顔を紅潮させます。頷きます。◆そんなにいそぐなあわてるな。優しくなった戸田の目は子どもと言葉のあいだにありました。
サラダノートは三年ろ組のこだわりです。日記と繰り返し学習と単元学習の入り口のコラボレーションノートです。◆こんなに楽しい勉強はつい夢中になりますという嬉しい声もあります。一ページ二時間の悪戦苦闘の結果ということもありました。◆少しの無理はしようね。でも無茶をしてはいけません。ですから休みの日はお休みOKです。私はサラダノートだけを宿題にしました。漢字テストの平均点はそれまでより一、七点高くなりました。言葉にふれ合う機会が増えたのでしょうか国語での発言が変わりつつあります。◆ときおり綴られる詩は間違いなく豊かな言葉の表現になりました。そこから学級文集「風になる」が生まれました。◆キャベツもあればレタスもあります。トマトもブロッコリーも大丈夫。ドレッシングでもいいしマヨネーズでも美味しい。スタイルはどんなものでもいいから自分で作り上げよう。◆サラダノートは三年ろ組のこだわりです。ですから授業中のノートの充実も見違えるようになりました。和風もあればフレンチもあります。今が旬です。
雪の朝は屋上に行くことになっています。せがまれたわけではありません。むしろ私が率先しているのかもしれません。北区の町並みが白く飾っている景色は非日常です。◆愛宕や比叡は真っ白です。見えない日も少なくありません。大文字はふだん赤土の部分が白くなりちょっとへんです。子どもたちも吹き出しそうです。◆学校の屋上にも雪が積もります。この冬の最大積雪は一〇センチくらいだったでしょうか。屋上の端まで行って三〇センチくらいの雪だるまをつくる子どももいます。ひたすら滑っている子どももいます。私の黒い洋服めがけて雪玉を投げ続ける子どももいます。◆私も負けてはいません。とは言うものの子どもは雪の子。次から次と攻撃です。つもっていた白い雪がおおかた足跡で踏み尽くされた頃教室に戻ります。◆階段をおりながら「先生手冷たい。」と握ってきます。まだまだ小さいその手は赤くなっています。ぎゅっと握っても痛いらしくそっと包みます。ですが次回もこの手に私はやられるのです。
この学級の担任をして子どもの問いかけに困らされたことが多くありました。「先生なんで。」という言葉はどきっとします。◆なんで嘘をついたらあかんの。なんで人を殺したらあかんの。なんで。子どもたちの「なんで」はどこまでも続きます。◆「それはね。」とこたえられるものがほとんどです。できるだけ三年生の言葉を見つけて話します。ですが言いようのないものもあります。こたえられないわけではないのですが上手く言えないのです。◆言葉が見つかりません。たとえばが思いつきません。何度もありました。そんなとき私は「あかんもんはあかん」と言いました。◆私の父に限らず大人から「あかんもんはあかん」と言われて育ってきました。細かい理由ではなく「あかんもんはあかん」かったのです。そしてそれは今でも私の中では真理なのです。◆逃げているわけではないのです。ですがそういった毅然としたかかわり方が必要だとも感じます。「何でもあり」「何やってもOK」の時代だからこそ「あかんもんはあかん」のです。
五月十日に学級の歌を作りました。しばらくは毎日歌いました。お楽しみ会では何度も歌いました。◆ららら/にじがにじが空にかかって/きみのきみの気分も晴れて/きっと明日はいい天気/きっと明日はいい天気◆いつまでもいつまでも耳に残る歌です。気がつけば口ずさんでしまっています。心の何処かに詩が流れています。◆女の子が放課後にオルガンで弾いていました。男の子が大きな声で歌いながらほうきで掃いていました。私は鼻歌で机を運んでいました。何気ない教室の風景が昨日のようです。◆放課後の築山は子どもたちのものです。私も何人かと手をつないで歌いながら大運動場に向かいました。こおりおにです。私は集中的に狙われます。私もとにかくタッチです。目の前の子どもを次々とタッチ。こおってたすけを待つ子どもは仲間が来るまでのあいだも歌っています。◆朝学校に着いたとき女の子たちが歌いながら走ってきたことがありました。先生にじがでてるで。初夏の衣笠山にかかっている虹を見ながら歌いました。
壁越しの白木蓮を見上げながら彼女と話をすることに憧れたのは庄司薫の『赤ずきんちゃん気をつけて』を読んでからのことです。◆いつかはその場面の主人公になりたい。僕にとっては忘れられない一冊。毎春白木蓮のつぼみを見つけるとこの一冊を思い出します。◆面影橋を渡り明治通りに向かう通学の途中にある白木蓮のある風景。隣にステキな女の子はいなかったけれどこの風景はまさに僕にとっての青春です。◆その頃は都電の駅から穴八幡の杜にかけて山桜が続いていました。授業のない午後にその下で読んでいたのは柴田翔です。◆下北沢の本多劇場そばの小さな書店で見つけた『されど我らが日々-』は終わっちゃうのがもったいなくてなかなか読めませんでした。道草喰ったり思いにふけったり。今に至るまで悩めばこの本でした。◆春色にかわった比叡山。花のかおりを流す賀茂川。京都で春を待つのは二〇年ぶりです。『されど我らが日々-』を鞄に入れてトパーズの紫明通りをなごり雪を歌いながら緑の自転車で走ります。
いわゆる鑑賞のための魚ではなく普通の川魚が好きで飼っています。クロメダカや小鮒がすすすっと泳いでいます。ほっとする風景です。◆過日ムツゴロウのような魚を手に入れました。石の下に隠れていることが多いのですが目がきょろきょろと動く愛らしい奴です。図鑑を調べても確かな名前は見つかりません。ダボハゼに近いようです。◆「だぼ」と名付けられたこの魚は私のいちばんのお気に入りになりました。上から入れる餌は食べません。沈めてある石やガラスについた苔を大きな口で食べてきれいにしてくれます。◆水を換えようとすると手を吸います。吸盤のようになっているあごでちょこちょこと肘まで上ってきます。そんな感じですから脱走することもしばしばです。◆夜中にすだれにつかまってじっとしている奴を救助したこともあります。脱走前の奴と目が合ったこともあります。自分では帰れないくせに逃げようとするところが憎めません。◆一週間ほど前からガラスの苔が急に増えてきました。雨の中を桃の花でも見に行ったのでしょうか。
熱で寝込んでしまいました。昼間の床で四角い天井を見ていると箱の隅に棲んでいることを実感します。◆子どもの頃風邪で寝ていると仕事中の親父が二階に来ては歌ってくれたことがありました。決まって荒城の月です。◆過日、豊後竹田の町を歩きました。四方を山に囲まれた、箱のような小さな城下町でした。岡城の石壁に囲まれたそれこそ箱のような処で、夭折の人、滝廉太郎は遊んでいたのでしょう。◆幼少の頃、父が唄う荒城の月の「めぐる盃」を「眠る盃」と聞き違え、酔った父の膝枕で眠ったと綴ったのは向田邦子でした。そんな彼女は、青山のマンションの小さな部屋を最適な住み心地のいい箱と称し、暮らしていたそうです。◆箱庭、箱絵から弁当箱、鏡台、仏壇まで、日本には多くの箱の文化があります。暮らしの中で育んだ箱空間の意識は私たちの中に生きています。◆積み木の箱や机の引き出しを見たとき、駅弁を開けたとき、部屋の模様替えをするときなどに箱意識はふとよみがえります。横になっていてもよみがえるのですから。
近所のお肉屋さんが店を閉めることになりました。小銭だけを持ってつっかけで行けるこの店は下町に住むものにとっては重宝な店でした。◆お肉を売る冷蔵のケースの隅にあるコロッケコーナーが好きで先週の日曜日もお昼に買いに行きました。◆小学生の頃の僕は近くのお寺にお習字を習いに行っていました。学校が終わって野球をしてから行くわけですからお習字が終わればもう夕闇です。晩ご飯に間に合うように走って帰ったものです。◆三年生のときの帰り道。お兄ちゃんとどきどきしながらコロッケを一つずつ買ったことがあります。二つで三〇円。お兄ちゃんが出してくれました。◆新聞紙に包まれたあつあつのコロッケ。ソースなんかいりません。コロッケの甘い匂いと新聞紙のインクの匂いと手についた墨の匂い。「はよ食べなあかんよ。落としたらあかんよ。晩ご飯も残したらあかんよ。」お兄ちゃんとのひみつです。◆食べ終わっても油のついた指が気になります。「はよ帰ろ。」ときおり通り過ぎる車の後ろの赤いライトを見ながら油と匂いの混ざった新聞紙を丸めてポケットに押し込みました。
整頓はできても整理ができない。これは「超整理法」での野口悠紀雄の言葉。整頓はかたづけること。整理は秩序をもって整えること。見た目は美しくても必要なものがなかなか見つからなくては困る。◆仕事に取りかかるときは部屋や机の掃除からはじめる癖が僕にはある。深夜であっても徹底的にする。雑巾がけが終わった頃には夜が明けていることも少なくない。◆そしていざ机に向かうと必要なものが出てこなくてやる気をなくしてしまったことは数え切れない。まさしく整理能力がない。◆普段から綺麗にしておかないからだと母からよく言われた。分かっていながらできないのが「整理できない症候群」である。◆母の台所は機能的である。物はたくさんあるが秩序をもってならんでいる。右手で使うものが左に片付けられることはない。何よりも見事なのは料理ができたときには元通りになっていることである。つくりながらかたづけているのである。◆できることは先にやっておくだけや。温いものは温かいうちに食べたいし。何気ない言葉が妙に重い。
室町通りの小さなおそば屋さんに入りました。夜はお酒もいけるようなつくりになっていて少しだけお酒をいただくことにしました。◆壁には筆で書かれたお品書きが貼られています。板わさ、じゃこおろし、湯豆腐、わさびみそ。何か懐かしいお店です。立山を一杯と鰊のたいたんをもらうことにしました。鰊は母が好きです。◆子どもの頃は外食なんて年に数えるほどしかありませんでした。お墓参りの帰りか大丸さんの帰りくらいだったような気がします。◆家では和食ばかりですからスパゲティーやエビフライがとっても贅沢なもののように見えました。紙のナプキンや食後のジュースのストローは使わずに持って帰った覚えがあります。◆家でも食べられるもんをたのまんとき。父親の言葉をよそに母はいつも鰊そばです。お品書きを端から端まで見てはいるのですが結局は鰊そばです。◆そんな思い出は一つ思い出すといくらでも出てきます。小骨を選びながら次の日曜日にはこの店に母を連れて来ようと思いました。
今週は雪の週でした。雨戸を開けるといつも雪が舞っていました。夜通しの雪が真っ白につもった日も幾度かありました。◆集団登校で友だちを待っている間の雪合戦は至る所で見られます。車の上の雪には小さな手の形がいくつも残っています。◆最高気温が三度ですから雪もなかなかとけません。夕方まで残っていることもあります。お地蔵さんのかげに残った雪の横で赤い前掛けが揺れています。◆日なたには南天の実が落ちていました。雪うさぎがとけてしまったのでしょう。水たまりにうかんだ細長い緑色の葉っぱも明日の朝には凍ってしまいそうです。◆子どもの頃は水たまりの氷を踏んづけて割るのが好きでした。真ん中あたりをぐっと踏みます。思ったよりは鈍い音を出してひび割れの模様を作ります。冬枯れた蔦の葉っぱの細い線のようです。◆木曜日はそんなひび割れ模様で飾られた道を歩いて帰りました。車の上の手の形はそのままです。ちらちら降りはじめた雪が肩につもる前におでんとお酒を期待して小走りで帰りました。
日曜日の昼下がり。御前通りの銭湯の一番風呂に入ってきました。常連でなくても馴染めるのがこの銭湯のよさです。◆手拭いをすべるシャボン。肩からはじく熱い湯。コンと響く黄色い桶の音。女湯からは赤ん坊の声。◆なみなみとあふれるお湯は疲れた体を癒してくれるだけでなく贅沢な気分にしてくれます。昼のお風呂に入ると家で働いている親に申し訳なく思ってしまいます。◆子どもの頃には深くて熱くて入れなかった手強いお風呂がありました。そこに入っている人が本当にかっこよく見えました。◆大人二人が広いお湯につかっていると勝手に話が生まれるものです。服を脱ぐ前に聞こえていたテレビのニュース。これからはじまる結びの一番。風呂上がりの酒の肴。◆子どもの頃はお風呂上がりのマミーが楽しみでした。お父さんと来るとフルーツ牛乳。おじいちゃんとの時はコーヒー牛乳。キャップを取る道具のことを思い出しながらさっきの話を酒の肴にしようと洗面器片手に向かいのそば屋の暖簾をくぐりました。
上手くもないのに雪山を滑ってきました。何度もひっくり返されてほとんどむち打ちの状態です。◆最近はナイター設備のある処が多くなりました。闇に光る斜面を滑るのも楽しいですが暗い雪山は眺めるだけでもいいものです。◆その山は六時を過ぎればもう真っ暗。日本海のお鍋といいお湯のせいで夕食の地酒に思いのほか酔ってしまいました。◆酔い覚ましにゲレンデを歩きました。伏し待ちの月が出てきます。歩くと凍りはじめた雪を割る音が響きます。風がないので思ったより寒くありません。◆目が慣れてくると辺りが明るく見えてきました。白い月が照らす雪がキラキラと宝石のようです。昼間は私を投げ飛ばした山の斜面には音もありません。◆月の前を薄い雲が流れると影が山を滑ります。さっきまで此処にあった影が雪のでこぼこを進んでもうリフトの隅です。きつねが隠れん坊をしているみたいです。◆「かた雪かんこ。しみ雪しんこ…。」ちょっとだけ大きな声で賢治の童話。痛い首筋を雪で冷やしながら寄り道して宿に戻りました
寒中見舞いに絵でも添えようと思い材料探しに出かけた。年の瀬の錦は愛嬌のある冬の野菜がたくさん並んでいる。◆壬生菜からは水がしたたりそうだ。やまの芋もえび芋は無愛想だけど人情がある。堀川ごぼうは葉書には長すぎる。くわいの色は手強そうだ。◆細い道でちょいと足元を見ると魚屋の棚の下の桶に鮒とどじょうが泳いでいる。正月料理とは縁がないのか見向く人もいない。◆しばらく眺めていたがどいつも野菜に負けないくらい愛らしい。といって連れて帰ったところで死なせてしまうだけだ。正月早々殺生もいけない。暖かくなったらなと声を掛けて再び野菜を探しに東へと向かった。◆穴子の白焼きが光ってる。餅屋の湯気に頬が熱い。卵屋は行列で内は見えないが焦げた匂いが絶妙だ。樽のすぐきはそれだけで粋だ。いつのまにか持てないほどの荷物。◆一つだけでも京野菜をと思い寺町で折り返した。行きしなに見つけた八百屋で勘定をしていると向かいに乾物屋。麩が裸電球に照らされている。ふとさっきの鮒の桶に落としてみたくなった。
色の違いはそれぞれの色の名前で言えるが匂いの違いはそうはいかない。難しい顔をしながら、もったいぶって何々の匂いのようだと言うしかない。◆匂いと味はひとつである。子どもの頃、だしじゃこの水揚げされた港の違いによって味噌汁の味の違いを当てて母を驚かせた。冷や奴の味は豆腐ができたときからの時間が勝負だ。豆くささが逃げてしまう。◆駅弁はへぎの弁当箱がいい。京都駅の幕の内は今でもへぎだ。先日、東京へ向かう新幹線の中で同じ駅弁を買った隣の紳士が鞄から七味を出してふりかけた。漂うすっとした匂いがたまらない。粋なことをする方だ。自身は何の香水もつけていないのに。◆曇り空の日曜日、今宮さんへの散歩の帰り。向かいどうしの二軒のあぶり餅の匂いは確かに違う。昼に食べたものを思い出してこっちかそっちかを決めるのはいつものことだ。◆室生犀星の詩「なめくじのうた」ではないが、懐手で学者のような顔をして匂いを楽しみながら歩くのも楽しい。とかく年の瀬は味の匂いが多い。
京都の冬にゆりかもめはよく似合う。パンの耳を持って今年も賀茂川に会いに行った。北山橋の少し上流に群れているのはいつものことだ。◆高く投げても速く投げても空中で受け取る技にしばし子ども心で楽しんだ。何を語っているのか幾重にも声が重なる。脚の色が違うのには何かわけがあるのか。私のパンは黄色の脚に取られることが多い。◆白と黒のまんまるの愛らしい瞳が私をのぞく。手元に来たときにはすでに山を見ている。故郷とは違う冬の景色に戸惑っているのだろうか。◆突然さっと身をかわして空を泳ぐ。何があったのか判らない。頂上を少し白くした比叡山からの風が翼を持ち上げたのか。モノクロームの世界にひときわ高く鳴き声が響く。◆比叡おろしに色はない。ゆりかもめの黄色がそれを少しだけ華やかにする。「この鉛色。もしくはすこし紫色を帯びたのが、これからの色彩の基調。」これは藤村の千曲川のスケッチの冬。そういえば以前見た小諸海野宿を流れる千曲川に舞う冬鳥の脚も黄色かった。
庭のみかんが色づいてきた。膝くらいの丈の小さな木を買ってきてからもう八年ほどになる。引っ越しのたびに連れ回しているせいか花を咲かせることはあっても実をつけることはなかった。◆今年の春には二十ほどの花を咲かせた。今年はいけるかもしれない。そんなことも忘れかけた夏。打ち水のあと、葉っぱについた水滴とまちがいそうな実を見つけた。◆じゅず玉ほどの緑の粒。強い西日には耐えられそうにない。干からびてしまう。雨が続くと溶けて流れそうだ。気になる。◆空からの蝶と近所の坊主たちが天敵だ。出かけにはしなった枝を葉の間に押し込んで隠すようになった。◆日曜の朝、実を撫でていると散歩途中のご婦人に何の実かとたずねられた。はて。夏みかんとばかり思っていたが。◆はっさくか、だいだいか、伊予柑か。調べるのも無粋。聞くのは癪。喰って確かめるしかない。いつになったら食べ頃か。鳥に聞くか坊主頭にたずねるか。十四ある実を指で数えながら未だ思案中。
西陣に育った。機織りの紋紙に付ける金串と縦糸をくるむ紙でよく船をつくった。◆湿り気よけに薄く油を引いたその紙は船の材料にはもってこいだ。真ん中に串を立てて帆をつける。あけた穴はいつも大きくなってしまい串がぐらぐらする。といってセロテープは水に弱い。◆仏壇から拝借したろうそくを串に落とす。だんだんと穴がうまり柱がしっかりする。クレヨンを塗っておくとさらに素敵なできばえだ。◆大きな船を両手で抱え紙屋川に行く。きょうは橋をいくつ進んでくれるかな。五つくらいは行ってくれるだろう。小さな滝がある四つめの橋はいつもひっくり返される。難所だ。◆川沿いには染屋がある。日によって違う色の水が川を染める。様々な色の川面を進む船はたまらなくかっこいい。橋の上から励ましながら船を追いかける。紅い水が来るぞ。逃げろ逃げろ。そうだ藍色のところが安全だ。行け。◆船の救出に使う小石を握りしめたままの帰り道は彩りの中をじゃぶじゃぶ進む。いつのまにかついた染料の飛沫のせいで僕のほっぺも鼻もカラフルだ。
趣味は雨の日のドライブ。しとしと降る雨もいい。激しくガラスを打つのもいい。雨が降るとわざわざ運転するというわけではないが、運転中に雲行きがおかしくなるのは嫌いじゃない。◆駅前まで迎えに行く。傘越しに僕を待ってくれているのが伝わる。傘を閉じて車の中に招き入れる時の素早さはいつだってどきどきしてしまう。◆信号待ちの交差点。歩く人の足の運びとワイパーのリズムが合うと思わずにやりとする。おーい、ぴったり合ってるぞ。どこまで会い続けるかいつまでもミラーで追ってしまいそうだ。◆雨の中から車に戻った時の車の空気。帰ってきたという感じだ。腕を濡らした雨粒がだんだん乾いていく。乾いたタオルがあれば最高だ。◆曇ってきた車内に新しい外の空気を入れる。隙間をあけるとアスファルトをすべる雨の音が聞こえる。静けさが動き出す。懐かしい気分になる。◆残念ながらこの前の雨の日は車じゃなかった。通り雨の中を茶色い鞄で頭を隠し、信号で止まっている車のワイパーのリズムをちょっと気にしながら信号を走って渡った。
賀茂川の今出川にかかる橋の少し上流の左手に小さな淀みがある。草間の小さな水たまりのようなところだ。◆夏と言わず秋と言わず此処に立ち寄れば魚を見る。団子の粉を練ったものを餌にして竿を持つのも楽しみだ。釣れても釣れなくてもいい釣りは気楽でいい。◆春先の小魚はさかんに団子に寄って来る。夏の夕暮れ、忙しそうな彼らは私の糸になど見向きもしない。秋の朝は人なつっこく挨拶をしてくれる。◆少し早い今年の冬。日曜日の朝に土手に腰をおろした。釣れなくてもいいんだからと言いながらも見える魚に少しばかり意地になってしまった。あの赤い石の横に落とすとすっとでかい奴が寄ってくる。そこで竿を右ななめに合わせる。◆背中の模様まで覚えてしまいそうだ。流れてくる紅い葉っぱを見ている間に餌がなくなっている。どうにか一匹。連れて帰るにはいささか恥ずかしい数。◆戻すかどうか考えながら竿をおさめていると辺りはすっかり暗い。出町の商店街で蒲焼きでも買って帰ろうと思いつつも、群青色の川面がもう少し気になる。
友だち百人できるかな。ぼくはたくさんの友だちをつくりたかった。◆過日、若い友だちの一人がちょっとばかり大きな仕事を終えた。夕方、近くで一杯。慰労という口実のもと、彼をしたたかに酔わせた。強くもないのに杯を重ねる男を見ていると若かった頃の自分を見ているようだ。◆自分の仕事のよしあしは誰よりもおのれが知っている。反省ならなおさらだ。自慢だってしたい。それを口にするかしないかは語れる友をもっているかどうかだ。◆酔って眠ってしまった彼をよそにぼくはもう一人の友と熱の入った話を続けた。◆あるじを失った割り箸が皿の上に無造作に投げ出されている。気の抜けたビールからは泡も出てきやしない。乾きかけたたまりを見ているとそこに彼の笑った顔が映って見えそうだ。我々はさらに四合。◆どうにか一人で歩ける彼の背中を押し、でかい体をタクシーに放りこんだ。間際に交わした握手が何だか熱い。今夜は手袋なしで自転車をこげそうだ。奴の好きな歌を口ずさみながら北大路の坂を一気に上った。
二十五日は北野の天神さんの縁日です。子どもの頃からその日が楽しみでした。◆おじいちゃんからもらった百円玉二枚のお小遣いをポケットに入れて参道を歩きます。普段は高い高い天神さんの森が小さく見えます。何を買おうか迷いながら歩くことを楽しんでいました。◆スマートボールは五十円。ソースの匂いがたまらない串カツは二十円。薄い紙を伝わるたいやきの熱さは今でも覚えています。迷いながら何度も往復したものです。◆色とりどりのどんぐり飴は宝石のようです。赤い電球に照らされるせいか七味唐辛子までが美味しそうに見えます。歩きながら食べることが許される月一回の特別な日です。◆陽が落ちてからの方が活気づく古本屋。骨董屋との最後の交渉に熱が入るお客の声。二百円を使い切った帰り道。石灯籠の揺れる灯の明るさを見るとはしゃぎすぎたかなと感じます。◆上七軒のお餅屋さんが暖簾と床几を片づけます。あわてて小走り。こぼれて足を伝う金魚すくいの水の冷たさに秋の日の暮れを感じたものです。
一日四〇〇円の朝刊のアルバイトをしていたことがあります。二年近くかかってやっと手に入れたのは天体望遠鏡です。◆土曜日の夕方。二十キロを超える重さの荷台を気遣いながら自転車で暗い空を目指します。その頃の柊野はまだ今のように整備されていなくて夜通し星を見ることができました。◆駐車場の隅を陣取って望遠鏡を組み立てはじめます。川向こうの民家の裸電球の灯を見るとちょっとばかり家に帰りたくなります。◆キャンプ用の燃料で沸かしたココアを飲みながらいい空を待ちます。月が出ている限り星雲や星団を期待することはできません。◆寝袋から目だけを出して雲の切れるのをを待ちます。透き通るような虫の声が響きます。生きている空は気まぐれです。暦通りには星は見えません。草の青い匂いが朝が近いことを知らせます。◆お目当ての星に遭うこともなく空が白んでくることもあります。望遠鏡を冷やしただけです。ですが湿った寝袋をたたみながらあまりに眩しい太陽を見ると来週も来ようと思ったものです。
自転車で町を駆け抜けて学校まで通っています。毎朝すれ違えば自然と会釈が生まれてきます。そんな出会いを楽しみつつも新しい道を探すのもおつなものです。◆今週は寺之内通りを大宮の手前で曲がってみました。いつもと違う朝。兄弟が一本の傘に肩を寄せて家を出てきます。ごみ袋を抱えて家を出る子どもがいます。帽子をかぶった小学生のうしろでおばあちゃんがいつまでも立っています。◆町はもうすでに動き出しています。機の音が町に響いています。自転車の荷台には糸の枠と緋が乗せられています。路地のどんつきのお地蔵さんからはお茶の湯気。◆夕景。路地は騒がしさの中にも落ち着きを取り戻します。一日の終いの菜っぱを積んだ大八車を引いて歩く加茂の振り売り。問屋さんからの新しい縦糸を運ぶ出機の自転車。野球帰りの少年。◆木曜日は早く帰りました。朝と同じ角を曲がるとテレビのニュースの声。お茄子とお揚げを炊いたおかずの匂い。立ち待ちの月がまだ乾ききらない打ち水に白い光を落としていました。
休みの日の学校でひっそり物思いに耽るのは教師の醍醐味です。列を乱したまま動かない机は昨日までの喧噪を懐かしんでいるようです。◆校庭に転がるサッカーボールも迷子のように風だけに身を任せています。築山の向こうからひょいっと誰かが手を振りそうですが、飛行機雲が高い空をすうっと横切るだけです。◆石榴が旬です。たわわになっています。まだまだもう少し、と子どもには言っていたのに休みの日に見ると食べ頃に見えてしまいます。◆青く晴れ澄んだ木曜日の昼に石榴狩りの練習をしました。あの実が割れているよ。こっちの方が色が濃いよ。口々に出てくる言葉は喰い意地というよりは目利きです。◆石榴の食べ方は上品にではなくこうして手に受けて口に放り込む。ぎゅっと舌に力を入れて味を搾り取る。そして最後はぷぷっと吹き出す。こんな真似は一度で覚えられるようです。笑顔のかたちまで思ったとおりです。◆さて週末。明日はブランコの上で物思いに耽りましょう。
大きな大きな青空の下の運動会でした。透きとおるような空気の中に歓声が響いていました。◆くじら雲が泳いでくればもっといいのにと、途中何度か子どもたちと見上げましたが、どこまでも青い空が続いているだけでした。◆競り合う得点の発表を見ては深いため息。そっと自分たちの競技の作戦。昨年の思い出話。そして今日のお弁当のデザートの予想。応援中のなんでもないやりとりも運動会の楽しみのひとつです。◆靴のひもを何度も何度も結びなおしている子どもの姿はなぜか凛々しく声を掛けることもためらいます。椅子の下に隠してあるどろ団子のできばえはもしかするとかけっこの一等賞よりも自慢かもしれません。◆金木犀の匂いが鼻をくすぐります。近隣の庭から迷い込んだ萩の葉っぱが風に舞っています。子どもたちのお弁当に添えられたまだ黄色くならない蜜柑は運動会をよりいっそうわくわくさせます。◆捨てずにかためて置いてあるまだ青くてかたい皮を見ていると、手折ってそっと匂いをかいでみたくなりました。
教室に彼岸花が届けられました。心あたたまる話や悲しい話、艶やかな話、種々のエピソードをもつ花ですが、突然の「赤」に戸惑いながらも、教室は一気に秋色に染まりました。◆「どこまでも 赤いぞ赤いぞ 彼岸花」これは子どもの一句。外からは運動会の練習の声が聞こえてきます。心なしか比叡山が紫色に見えます。◆素肌に触れる机もひんやりと心地よく、窓を開ける前、どんな風が入ってくるかが楽しみです。手の届きそうなところを舞う季節外れの蝶。晩夏を惜しむような名残りの青い空。◆二〇分ほどボールを追いかけて走ってもシャツの色が変わるほどにはならなくなりました。出かけに着てきた厚手の服もそんなに気にならないようです。◆放課後になっても水筒のお茶がなくならない子どもが「一杯どう?」と友だちにすすめています。「じゃあ一杯だけ。」「そんなこと言わんともう一杯。」◆少し短くなった久しぶりの長袖をちょいと腕まくりして机に向かう三年生。前屈みの頭の向こうで赤い花弁がつつつと揺れていました。
客人が来る。のんびりと季節の美味いものを喰わせろというのが氏の思惑だ。この便りは毎年私を困らせる。うだるような暑さの頃もあれば、桜の頃もある。◆氏は私と同じで西洋料理が得意でない。和を好む粋な奴である。俄然、私は張り切ってしまう。◆戻り鰹は七条で買おう。生姜は下の森の市場にいいものが置いてある。素焼きにする賀茂茄子は朝積みのものを畑で。花鰹節は錦で買うのが一番。豆腐は御前通りまで自転車を走らせよう。◆はじめはエビスを一杯、その後は上越村上の杜氏の大吟醸。器は織部唐津だ。◆お膳は天神さんの縁日で手に入れた昭和初期のものを使おう。座布団はあてず、ひんやりした琉球畳の上に胡座をかかせよう。そうそう箸だ。先日、朽木村で手に入れた竹のものが適度に重くて使い勝手がいい。私がひねった箸置きには吾亦紅を一花さしておこう。凛とした白いお月さんが見えるようカーテンは開けておく。◆いつものことだ。氏が来るまでに私はすっかり秋に酔う。こんな世話はちっとも嫌じゃない。
焚き火に惹かれる。はぜる音ときらめく色は飽きることがない。赤い星が散る。◆川遊びで冷えた躰を暖める。籠づくりのための竹をあぶる。風呂を沸かす。そして酒の肴をつくる。◆子どもの頃、買い物について行き、母が市場で買い物をする間、魚屋の前で待っていた。わたのそうじをすることも三枚におろすことも此処で覚えた。塩のふり加減は自分で試さないと分かりそうになかった。◆皮から焼くか身から焼くか、予想はいつも外れた。もう裏返してもいいだろうと思っても店の人は見向きもしない。「こげるで。」こちらのどきどきをよそに、火箸で炭を組み直すだけである。◆黄白い脂がじゅっと炭に落ちる。においがお腹にしみる。ひょいっと串を持ち上げ、へぎにのせ、串を抜いてお客に渡す。「かっこいい。」◆外では自分の肴は自分で焼く。炭の組み方は自分で覚えた。焼き具合は喰い気が強く早すぎることが多い。火に問う。「もういいか。」火が言う。「そんなに急ぐな慌てるな。」やがて消えゆく火との勝負はいつも黒星だ。
いわゆるコレクターという類に属するのかどうかは別として「集める」癖がある。古くは一升瓶の蓋やプロ野球カード、近頃ではハンバーガーショップのおまけまで。◆駅弁の包みや割り箸袋なんかもいい。酒を飲むようになってからは、地酒のワンカップのコップを集めるようになった。それも紙ラベルのものではなく、ガラス面に銘柄を印刷してあるものである。あとからそいつで飲むとそのときの味がするような気がする。◆集めたものを並べて見ることがある。これが楽しい。手に入れた年代順に並べることもあれば、お気に入りの順のときもある、並べ方はその時々で違う。◆さわっているうちに何処からともなく、そいつを手に入れたときの光とにおいが体を包む。店のすだれの隙間の輝きだとか、煙った石油ストーブのにおいだとか。◆この夏、各地で日本手拭いを何枚か集めた。それらを頭にのせ、我が家の湯につかる。日本海の夕日の輝きの大きさや、妙高の風のやさしさと雲の切れ間の光景が思い出されるのである。
緑色の自転車で家庭訪問をさせていただきました。本当に暑い日が続き、シャツの色が何色だったか忘れてしまうくらいの汗でした。◆途中、四条界隈と妙心寺辺りで夕立に遭い、少し遅れることもありましたが、普段の子供の雰囲気を知ることができて、楽しく訪問させていただきました。◆さて、帰り道、私にはチョット楽しいことができました。帰ってからの酒の肴を買って帰ることが日課になったのです。普段は通り過ぎるだけの商店街やお店を自転車でのぞきながら帰っていくうちに思いついた悪戯気分の買い物です。◆歳をとった学生と間違えて蛸の子を少しまけてくれた魚屋もありました。男一人の夕食の買い物を気の毒に思ってくれたのか、レジで仕分けをして袋にまで入れてくれたスーパーもありました。◆薄緑色の紙に包んでもらった鱧の入った白い袋をかしゃかしゃいわせながら熱い町を走っていくときの風は幼い頃のままでした。
「たいふういっか」という言葉。台風が一家でやって来たら怖いだろうな、と小学生の頃は本気でドキドキしていました。今回のように六号七号八号が同時に天気図に示されるとまさしく台風一家のようです。◆大人になってから本当の「台風一過」の意味を知り、それまでの無知を恥ずかしく思いましたが、台風が一家で来るのではなかったことに安心しつつも、台風一家の方が夢があっていいなぁというのも本音でした。火曜日の終わりの会はこんな話で盛り上がりました。◆先日、携帯電話を買い換えました。お店の方の推薦の機能は、「ショボイ」が一発変換できるということです。他にも「キショイ」「ムカツク」もすらすら出てきます。極めつけは「気持イ」と変換されることです。◆若い人たちは携帯電話がすらすら変換してくれるこれらの言葉を、正しい言葉と思ってしまうのではないかと、やや心配です。◆「うん、この味いいね。」と笑い合っている三年ろ組は、ちょっとした会話の中で言葉の豊かさを楽しんでいます。
この頃は自転車で通勤しているため、帰り道に書店に寄ることが増えました。◆どうしても教育雑誌コーナーに立ち寄り、教育書の前に行ってしまいます。しかし、できるものなら、教師だから教育の本ということから脱却したい気持ちがあります。◆どういうわけか、小学生の頃からダムが好きで、先日の中央図書館たんけんでは建築書のコーナーで「ダムの作り方」をいう本を見つけました。個人でもダム関係の本は持っているのですが、作り方という類の専門書ははじめてです。◆あまりにも気に入って、昨日はついにそれを購入してしまいました。暑い夜にもかかわらず夢中です。気分は黒部や佐久間のダムへ飛んで行き、私のダム熱も最高潮です。◆さて夏休み。普段とちょっと違うジャンルの本を親子で読んでみませんか。私はもうしばらくダムです。
放課後の教室が好きです。子どもとたくさんの話をすることができるからです。一緒に遊んだり、歌ったり、絵を描いたり、かけっこをしたり、かなりの忙しさです。◆子どもたちが帰った教室でぼんやりするのも好きです。一人一人の机を眺めては一日の様子を思い出します。考え込んだり勘違いをしたりしたことを思い出して独りでにやりとすることがあります。◆叱ったまま十分にふれあわないで帰らせてしまった日は心配になることもあります。そんな時は次の日の朝を待ち、真っ先に声を掛けることにしています。自分の不十分さに苛立ちながらも、この教室で三十七の命と過ごせていることに幸せを感じています。◆昨日の放課後は一匹のトンボが教室に入ってきました。子どもたちに見せようと思い、しばし格闘。花瓶が割れただけでトンボはすっと窓から出て行きました。こんな話が次の朝の話題になるのです。「先生下手やなあ」の声が聞こえそうです。
母の着物姿が好きだった。茶の席で座っている時も墓前で掌を合わせている時も。夕暮れ打ち水している時も凛として隙がなかった。寄せ付けない強さがあった。◆休みの日に母が出かける時は着付けを手伝った。帯揚げと帯締めを着物と帯に合わせて選ぶのがひそかな楽しみだった。◆葬儀の日。弟の勉強部屋は多くの親戚たちの着替えの場所となった。幾つもの喪服が静かに動いている。衣擦れの音が響く。帯締めの組み方の違いだけが妙に目につく。◆母はその奥のついたてのかげで襦袢に着替えていた。縫った襟を確かめる。衣紋掛けの黒い着物を肩に掛ける。桐の箪笥の匂いが漂う。◆僕が手渡す墨の帯締めをきりりと横に引き、その端をぎゅっと挟み込む。帯をぽんと叩いて着付けは終わる。◆振り向いた母の白い襟に黒い点。「糸ほつれてるわ。」手をのばそうとした時、点が浮くように飛んだ。「お母さん蚊や。」蚊を追うより、黒を縁取る襟の白さが目に残った。◆階段の下からの読経の声。供えの百合の香り。弟の写真。◆蚊の行方などもうどうでもよくなった。
親が逝く。この一週間はうねるような一週間だった。◆その瞬間の数時間前まで話をしていただけに今でも失ったという気がしない。◆京都に生まれ京都に育ち京都を愛したその人。ことばを大切にし元気が好きで静かなあたたかい人だった。◆海のような大きな心をもち海のように大きく生きていきなさいと次男に「洋」という名前を授けた。◆昨日まで教室で過ごしていた教え子が弔問に来る。抱えきれないほどの大きな大きな花はその人が愛した白い花弁。何本もの花が幾重にも重なっている。◆西陣の織物に四十年以上もたずさわりその人が織りなす緞子の白い花の絵柄を思い浮かべ静かに手を合わせた。