ジョバンニを追いかけて/達富 洋二

学生だったあの頃、面影橋近くの古着屋で黒い外套を見つけた。やっと手に入れたその外套を纏って僕は上野駅から急行八甲田に乗った。◆遠野。どこからでも早池峰山が見える。遠く広がる田圃。先週の雪が残る畦。軽トラの荷台に淡い木漏れ日が動いている。石油ストーブの匂いをのせて風が通りすぎる。お天気雨の空にカラスウリ。きらりと光るカラスウリ。ゆうらり揺れる。急行の中で読んだ賢治の童話が蘇る。◆カンパネルラとザネリがカラスウリの灯りをもって星の祭りに行く。ジョバンニは母さんのために牛乳瓶をもって走る。クラスメートが橋を渡っていく。ジョバンニは独り丘の上で星を見る。◆ジョバンニは、なんともいえずさびしくなって、いきなり走りだしました。すると耳に手をあてて、わああといいながら片足でぴょんぴょん跳んでいた小さな子どもらは、ジョバンニがおもしろくてかけるのだと思ってわあいと叫びました。まもなくジョバンニは黒い丘の方へ急ぎました。◆外套から賢治の文庫本を出すまでもない。今、社の角を曲がった少年はジョバンニに違いない。

2006年1月1日 | カテゴリー :