トパーズの春に/達富 洋二

壁越しの白木蓮を見上げながら彼女と話をすることに憧れたのは庄司薫の『赤ずきんちゃん気をつけて』を読んでからのことです。◆いつかはその場面の主人公になりたい。僕にとっては忘れられない一冊。毎春白木蓮のつぼみを見つけるとこの一冊を思い出します。◆面影橋を渡り明治通りに向かう通学の途中にある白木蓮のある風景。隣にステキな女の子はいなかったけれどこの風景はまさに僕にとっての青春です。◆その頃は都電の駅から穴八幡の杜にかけて山桜が続いていました。授業のない午後にその下で読んでいたのは柴田翔です。◆下北沢の本多劇場そばの小さな書店で見つけた『されど我らが日々-』は終わっちゃうのがもったいなくてなかなか読めませんでした。道草喰ったり思いにふけったり。今に至るまで悩めばこの本でした。◆春色にかわった比叡山。花のかおりを流す賀茂川。京都で春を待つのは二〇年ぶりです。『されど我らが日々-』を鞄に入れてトパーズの紫明通りをなごり雪を歌いながら緑の自転車で走ります。