矢車草/達富 洋二

僕の記憶では京都の市電は二十五円。わら天神の前から京都駅までのは四番だったっけ。◆お気に入りは西大路から北大路のカーブを横に揺れながら曲がる姿。そして円町で国鉄と交わるところ。山陰線の音が近くなりちょうど重なって通過するともう最高だ。◆少しだけ高くなった島のような停留所も楽しかった。堂々と道の真ん中にいられるのだから自動車よりもえらくなった気分だ。どんじゃんけんぽんをしておばあちゃんにおこられたっけ。◆市電が無くなる。そのニュースを聞いたときは確かに寂しかった。そして僕はどうしても市電の敷石が欲しくなった。できればわら天神の停留所の近くにある雨が降れば薄緑色になるのが欲しい。◆持って帰ってはいけないとは思いもしなかった。昼下がり多くの大人に手伝ってもらいながら三十キロを超えるような石を持って帰った。米屋のおじさんは大きな荷台の自転車に乗せてくれようとした。酒屋さんは台車で信号まで運んでくれた。◆今では庭の青い矢車草の横でそいつは苔むして横たわっている。