陽炎/達富 洋二

北九州折尾の駅。五番ホームに電車が入ってくる。小倉行きの普通列車。「オベントオー」とはりあげた声。紺色の帽子。海老茶の開襟シャツ。白いたすき。◆大分行きの待ち合わせに向かって人はどっと階段に走る。大きな声に立ち止まってくれる人はいない。「オベントオー」もうひと声。◆重たい箱を台の上に置くと背中に十字の汗のしみ。僕はその後ろから「名物を一つください」と声をかけた。◆関門トンネルを出ると緑と太陽の国「九州」に入る。そこには僕の楽しみの一つである東筑件の「かしわめし」が待っている。この駅弁の味から夢多き九州の旅が始まるのである。◆これは「かしわめし」の包み紙に書かれた石黒敬七の文。白い紙に赤く「かしわめし」とこの文。その横に「ケッコーなお味」と鶏がしゃべっている。◆僕は博多行きの電車を待っているところ。僕に「ドガンカナ。ウマカロ。」とひと声かけて再び仕事に戻るおじさんのたすきは海老茶の汗の十字とぴったり重なる。線路の上に陽炎が揺れている。

2004年6月2日 | カテゴリー :