雪花菜/達富 洋二

御前通りのお豆腐屋さんに木綿と湯葉を買いに行きました。◆おぼろ豆腐から淡い豆のにおいがしてきます。おあげがふうっとふくらんでいます。軒の紺の暖簾が暖かい風にゆらゆらしています。大きな器を抱えたおばさんが奥から出てきました。おからです。◆おからを「雪花菜」と知ったのは大学受験のときです。それではおからは春の印象でした。わけは簡単です。◆親父が母の手料理の「卯の花」を肴に晩酌をしていたときです。佐佐木信綱の三十一文字を詠みながらその意を僕に問いました。◆卯の花の 匂う垣根に 時鳥 早も来鳴きて 忍音もらす 夏は来ぬ◆小学生の僕は「夏は来ぬ」の意を「夏は来いひん」と思いました。夏が来ないなら今は春。ずっと春。卯の花は春。だからおからも春。単純なことです。◆ですがこうして今。春の夕暮れ。目の前におからがどんと置かれているのを見るとおからはやっぱり春。白い花。名残の雪の花菜なんです。