9月4日。飛行機は久しぶりではないけれど心はずませて空港に向かった。きょうから夏休み。
離陸後、すぐに我が家が見える。上空から自分の家を見るのが楽しみ。
羽田で乗り継ぎ。軽い朝食。
いつも思うんだけど、これだけたくさんのピカチュウが画面に映し出されるとみんな笑顔になる。旅のはじまりの仕掛けとしてはばつぐん。
いつもの広場。
途中、焼きカレーパンでお昼。
さあ、着いた着いた。
今夜も「別邸 下川亭」で北の味覚に舌鼓。
海鮮の宝箱。
さあ、明日は仲間に会える。
9月5日。単元づくりのはじまりは子どもがきっかけ。子ども研究から。そのあとは教師の探求。
単元びらきのあとは子どもと育てる。単元ははじまってから育つ。だからこそ、子どもにとって分かりやすいことがいちばん。あれもこれもと、教えたくなる気持ちは分かるけれど、それは教師の都合。教師の自己満足。「教えたぞ」というマーキング。残念なおはなし。
そんなのやめよう。ということをみんなで共有できているこの学校の校内研究会は誠実。みんなが伸びようとしているから心地いい。
ということで、きょうも満足の疲労感。だから、みんなで乾杯。それがいちばん。
9月6日。僕の旅は道草。風の吹くまま気の向くままの旅。
南千歳から帯広へ。1年半ぶりの再会。待ち合わせは六花亭。
日本の何処にでも仲間が居る。こんなとき、僕はいつも父と母に語ってる。「ひとりぼっちじゃないよ」って。友だちに囲まれている息子、それは大きな親孝行だと思ってる。
夜は釧路からの秋刀魚と芽室のとうきび。
教師が教師と教育を語る。教師が教師と教育じゃないことを語る。
教師はどんなことでも教育に結びつけてしまう。関係させて味わうことができる。そこから教育を見る。身体の奥に教師が動きはじめる。
だから、教師が教育じゃないことを楽しむことはとてもいいこと。若い頃、「達富君、君の鞄にはどんな本が入っていますか。」と清原先生が聞いた。「綴り方と芦田恵之助と談話分析です」自慢げにこたえた僕にやれやれという顔で清原先生。「まだまだですね」。
以来、しばらくはダム建設と北極の植物と小津安二郎を連れて歩いた。
帯広の夜の6時間。僕たちはクロカンと盆踊りの太鼓の叩き方ととにかく教室とは無縁のことを話し続け、とにかく楽しんだ。
それが明日を生きる教師にとって、とても大事なことだと分かっていながら。
僕の友だち。校長先生。今夜、僕は彼にニックネームをつけることにした。
「いいよ」校長先生。
飲んで語っているとき、ずっと「いいよ」って言ってくれる。彼の「いいよ」は優しい。そして強い。「いいよ」から応援があふれてくる。「いいよ」に安心感がある。「いいよ」が父のようだ。大好きって、安心に似てる。
「いいね」ではなく「いいよ」。そう、「いいよ」。何度も聞きたくなる「いいよ」。
「いいよ」がとっても似合うこの校長先生に出会えてよかった。
僕はこの出会いをいつまでも両手で包んでおきたいと思っている。そして、僕の小さなてのひらから「いいよ」がこぼれ落ちそうになったら、こぼれる前に、またここに来る。もちろん、はやく来なきゃ、って急ぎすぎないことを楽しみながら。そのときは、ダムのつくりかたを教えてあげる。そして小津映画を語り合いましょう。
9月7日。「たつとみさん、明日の朝はきっと二日酔いでしょうから、朝ごはんはお粥がいいですよ。」、帰り際の言葉がうれしかったから、頭もお腹もすっきりしていたけれど、やさしいお粥にした。
お腹に染みこむ。ほんと、あたたかい味だ。
お昼の飛行機までは長くて広くてゆっくりの散歩。いろんなことを黙想しながら歩く。ただただ歩く。ふうっと歩く。いや、それだけじゃない。いつの間にか語っている。僕の声を聞いてくれる見えない誰かに語っている。
ふと、駅前を見ると、テントに人だかり。気になる。
枝豆、一束、250円。
即決!2束、お買い上げ!
こんなにたくさん。湯掻いたあとのことを考えると、、、とつぜん、腹が減ってきた。
よし、店をさが、、、探さなくても知っている。帯広の駅近くならインディアンカレー。よしっ、インディアンカレーに行こう。
満腹。
あとは長崎を目指してひとっ飛び。帯広空港から羽田乗り継ぎ。
僕は文庫本を開くことなく、ずっとモレスキンに綴り続けた。言葉があふれる。言葉がこぼれる。こぼれた言葉が大きな布のように広がる。旅は言葉を連れてくる。言葉をつないでくれる。言葉は旅の空の下で確かな流れをつくる。
僕の旅は道草。
富士山。日本一の山。だけど、僕の心はこれに負けやしない。言葉が動いている。僕の内側から動き出している。言葉。そう、言葉。
神さま、きょうもいつくしみをありがとうございます。旅の中で、僕は何度も何度も祈っていました。きょうもありがとうございます。