「書くこと」の単元。指導事項は取材、集材。教室の中のモノを選んで、情報を集めて取捨選択する。説明文を書くことの学習のはじまりとして取り組みやすい単元だ。僕もやってみたことがある。教科書のモデルもたいへん分かりやすい。
ただ。ただ、である。
教室の中のモノを選ぶことができない子どもがいたらどうするか。「ほら、鉛筆けずりがいいんじゃない。」「電子黒板はいろいろなことが出来るよ。」「黒板ふきをきれいにしてくれる機械ってどんなふうになっているかな。」と、いくらいざなっても「ふうん。」「さあ、」という反応しか返ってこないことだって予想できる。
興味や関心の違いは個人差の代表である。個人差=能力差、と決めつけるのはよくない。興味や関心の違いがあるから、学習の深まりに違いが出来てしまうことを教師はよく知っているはずだ。だったら、大村先生のように興味や関心を育てる教師になるしかない。
この単元がはじまる前から子どもの中に入って下ごしらえをしておくべきだろう。選べないことを恥ずかしく思う子どもをつくらないためにはどうするか。そもそも選ぶとはどうすることか。教師としてそんなことを知らずに声を張り上げても指導の言葉は空回りするしかない。教えられる教師になる。
ということを、実感してもらうことを考え、きょうのワークショップ形式の研究会を開催した。
僕が準備したのは45の問いと学習用具としてのメモ用紙。そして、語りと語らいの時間。
ベテランの域にいる教師たちが3時間、書架を何度も巡ったり、床に座って文字を追ったり。頭をはたらかせて学びきった。
教師たちを学び浸らせるのも僕の仕事、かもしれない。
もちろん、教師と語り合うのも僕の仕事、にちがいない。
神さま、きょうもいつくしみをありがとうございます。



