きょうは中学校で授業をさせてもらう。「問いを立てる」授業。
あらかじめ準備されたテンプレートの語りは展開を制限する。教室の声は揺れながら、立ち止まりながら調えながら意味を作っていく。
だから、教室での声の共有はキャッチボールではつまらない。ネットのないバレーボールでもない。きっと、大玉ころがしのようなもの。相手とのバランス、大地の状況のよみ、そしてアクセルとブレーキ。
いま、船の中で僕はブレーキについて思案している。
この瞬間がたまらなく楽しい。きょうは、教師してる。
神さま、きょうもいつくしみをありがとうございます。

