「上五島に行ってくるよ。」こんなことが実現するなんて,神様のお恵みに感謝しかない。
2日間の休みをとっての小さくて大きな旅。佐世保港からはじまる旅。30年前にはなかった船が僕を急かすように海の上をすべる。左手に西海大島,崎戸島,右手に平戸島。今となっては,馴染みのある島。30年前はどれがどの島か分からなかったのに,今では手に取るように島影を認めることができる。そう、やっぱり長崎は僕の終の住処だ。
10時5分。有川港。
何度も合っている友だちが,「間違うことがないように!」とメッセージを持って待ってくれている。「とうとう来たよ。花ちゃん!」
懐かしい島。すっかり変わった景色と,あのときのままの風景が織り混ざっている。だけど,やっぱり懐かしい。
何度も通っていたような初めてのこの小学校の玄関にもメッセージ。そして,僕の名前の下駄箱。
複式学級の授業は子どもの力にあふれている。黒板に向かって協働しているこの2人の背中は学び合っていることのあかし。
たった6人の校内研修は家族的。だけど,その根っこの下に流れている本気が伝わってくる。この学校の先生方は本物の教師,学び続けようとする教師,子どもに対峙する緊張感をもち続けている教師。だからたくましい。僕も本気で語った。言葉を届けた。瞳を見続けた。
地域に夕方の放送が流れる頃,花ちゃんが地域の教会をまわってくれた。真手の裏教会,跡次教会。
宿は青方の永田旅館。大好きな天草の常宿の松屋さんのようなたたずまい。フーテンの寅さんが出てきそう。
夜は花ちゃんと教育の話で一杯。子どもの話で二杯,未来の話で三杯。そのあと,五島で教鞭をとっていたときの教え子の慎太郎夫婦もやってきて四杯め。賑やかなひとときが静かな島の夜に溶け込んでいく。明日にそなえて早めに切り上げた空は,30年前と同じ群青色。
朝6時30分。教会の鐘が鳴る。そう,ここは祈りの島。7時過ぎに慎太郎が迎えに来てくれ,30年前にミサに与った教会をたずねた。
そのあと,親友であり兄貴のような存在だった虎さんの遺影に手を合わせた。早いもので逝ってからもう5年になる。写真の虎さんは間違いなく僕に文句を言っているはず。笑いながら。
先立たれたことを語る益代さんとしばし思い出ばなし。あの頃は教え子のお母さんだったけど,いまでは友だちのよう。
帰りのフェリーまで2時間ほど。慎太郎の店でサッポロビール★。
1時間前まで泳いでいたアジとネルを10秒で捌く慎太郎の包丁は見事。そしてその味も見事。「これは丁寧に仕事をして丸一日ねかせたアジ。」「これは五日もの」。五島の魚が美味いのは新鮮な内に食べるからではなく,新鮮なときに丁寧で本気の仕事をするから。教え子に哲学を聞かされ,幸せにひたる。
しめは五島うどん。アゴだけでとった出汁に慎太郎が汲み上げた塩。完全にやられた僕は,うなずくしかない。
そろそろかなと時計を見上げた暖簾の向こうに花ちゃん登場。
「港まで送るまでが今回の仕事やけん。」って,粋なことを。学校の先生がたがみんなで見送れないから代表で来てくれたことに感謝。
「また来てくださいよ。」となぜかあらたまった花ちゃん。
「また来るけん。」と思わず僕。
「また来んばよ。」続けて花ちゃん。
「すぐ来っけん。」握手で約束。
「これ持っていかんば。」と渡された2本の紙テープ。
30年ぶりの船の紙テープ。
夜なべして作ってくれたメッセージ。にじんでよく読めないよ。
紺碧の海を流れる紙テープ。二本のテープが切れても,僕の涙は乾かなかった。ありがとう。また来るけん。すぐ来っけん。
帰りのフェリーは赤い絨毯の雑魚寝スペースを独り占め。海から眺める中通島。有川,浦桑,榎津,丸尾,似首,仲知,津和崎。声に出して岬を呼んでみる。前島,野崎島,宇久島,小値賀島。二等客室の天井のしみが島影に見える。波頭に乗り上げ,時折跳ねる船の揺れさえも,もう少し続いてほしいと思う。五島,五島。
神様,きょういちにちをありがとうございます。本当にありがとうございます。