梅雨を聴きながらただ鶏飯を食う

待ち合わせは12時06分中央駅改札。真っ先に降りたくせに少し遅れてエスカレーターに足を乗せる。夏休み明けの教室に入るときの気分だ。

見える見える。改札の向こうに大柄の男。ひとつ前の季節以来。相変わらずの大男。坊主頭の口もとが緩んでる。ひさしぶりっ!その一言だけでじゅうぶん。名前は壮。

2週間ほど前のメールのやりとりで、昼も一緒に食おうということになった。ぼくは「びっくりするほど汚い店でもいいし、飛び上がるくらい高級な料亭でもかまわんよ」と送っておいた。

車を走らせること10分。きょうの昼は駐車場です。と、壮。車を停めるのは駐車場が当たり前だ。とぼく。

海に面した広い駐車場に車を停めて、では、お茶だけ買ってきます。と壮。確かにここはセブンイレブンの駐車場。ほどなく帰ってきた壮の手には「お〜いお茶」と「綾鷹」。

で?

ここから板前に変身した壮。みごとな動き。繊細な指。無駄のない仕事の運び。そして、まかしておけという少年の瞳。あれよあれよという間に、運転席と助手席をつなぐ空間に鶏飯ビュッフェが仕立てられた。

ゆうべ奥方と下ごしらえしたという品々が温かいご飯の上に散りばめられ、熱い鶏スープがたっぷりと注がれる。

何も言うことがないよと思うほどにぼくの心はやられてしまった。言えないほどに心が洗われてしまった。いや、でもこの瞬間を言葉にしておかなきゃと頭がめぐる。美味い!はあたりまえ過ぎる。ありがとう!では足りない。おどろいた!なんて表現は陳腐だ。この感動と感謝と感激と。それなのにぼくはただただ鶏飯を食い続けてる。

そうだ、いい言葉が見つかった!そうだ、壮!お前、ずるいぞ!こんなことさらりとしてのけるなんてずるい、ずる過ぎる、ずる過ぎるぞ!

でしょ!と自慢気な少年の顔を見せるかと思ったらそうではない。いやあ、本当に残念です。と壮。えっ?とぼく。ここから見える桜島は最高なんです。桜島を見ながら洋二兄と鶏飯を食いたかったんです。こいつはどこまですてきな男なんだろう。

デザートもありますから、と差し出されたかるかんの甘さを感じないくらい、この雨の車内食堂は深い味に包まれている。時折、激しく窓を打つ雨もまた一興。50前後の大男がふたり、出会えたことを感謝しながら鶏飯の匂いを楽しんでいた。

梅雨を聴きながらただ鶏飯を食う