何も言わなくても甲子園

8月11日。午前6時半に満員通知。

確かに6時前の阪神梅田駅の様子がいつもと違った。優勝経験校が5校も顔を見せる大会第4日は,組み合わせ抽選会の時から話題になっていた。梅田駅に緊張感がただよう。

阪神電車。隣に座った親子連れがチケットを買えるかどうか心配している。父親が小学生に駅改札口からチケット売り場までの走り方を教えている。子どもがそれを繰り返す。何度も確かめる。「まずはチケット確保,で,座席確保,そのあとジュースとカレーを買いに行こう。」と父親。そのまま夏休みの日記になりそうなやりとり。僕の分のチケットをあげましょうかと言ってしまいそうになるのを何とかこらえて,僕は自分の麦わら帽のへこみをなおした。

あの親子は予定通りには走れなかっただろう。駅の階段を降りたところから既に長蛇の列だった。チケットを買うための列が駅に届きそうだ。列の最後尾のプラカードをもった係員の声がすでにかれている。その列のずいぶん先,つまりチケット窓口のすぐ近くに「売れきれます」のプラカード。並んでもチケットを手に入れられるのはほんのわずかな人だけということだ。前売りのチケットを持っていることが申し訳ないことのようにさえ感じる。僕は列に目を合わさず足早に中央特別自由席に座った。

いつもは試合中であってもチームの特徴や見たい選手,ピッチャーの右投げ左投げでスタンドを移動する。でもきょうはいちど立てば次に座るところは見つからないだろうから4試合とも1塁側を応援するんだと決めて放送席の西側に座った。そう決めたのに,3塁側の高校のシートノックや,ベンチの様子,アルプスのどよめきも気になる。どちらが勝つとか負けるとか以上に,ここは青春の賛歌を綴る場所だから仕方ない。

あの小学生はどうなったろう。お父さんはどうしただろう。僕は,中学生野球の頃から注目している一人の長崎出身の背番号8の夏を見つめている。

そう,甲子園,何も言わなくても甲子園。