綴るってこと

達富ゼミ出身で兵庫県で教員をしているまみさんから便りが届いた。彼女は学級通信にエッセイを綴っている。子どもと一緒に「綴る」ことを日常にしているステキな先生だ。
 
始めた理由なんて、すっかり忘れてしまいました。だってもう十六年も前のこと。でもそこには、五年生の私の姿がはっきりと残っていました。ページをめくる度に、少しずつ淡い色が重なって、あの頃の気持ちも昨日のことのように思い出せるから不思議です。◆毎日、とりとめのないことを書きました。学校の日記帳には書けないようなこと。家族や友だちには見せたくない気持ち。そんなことも全部。◆もし、そんなふうに今を残すとしたら、この子たちはどんなふうに今日を綴るのかなあ。なんてことを、ふと考えたりします。「みんなのこともっと知りたいな」って始めた毎日の三行日記。放課後のいちばんの楽しみです。だけど、きっと。ここには書けない思いだって、言葉にできない思いだって本当はたくさんあるんだろうな。なんて思いながらあの頃の日記帳を見ていたら、「あたりまえやろ」と五年生の私に笑われました。◆そうだよね。でもね、これだけ。誰にも見せない今日の言葉にも、温かい想いが並んでいますように。苦しくて悲しい日の中にも、優しい言葉を見つけられていますように。あなたの綴る今日が、心地よい「おやすみ」と隣り合わせでありますように。(2015.6.28)
 
まみさんの学級の子どもも保護者のかたも,みんな週刊の学級通信やそこに綴られているまみエッセイを楽しみにしているに違いない。日々の風景を切り取る。形象を切り取る。連続を切り取る。切り取って言葉で綴る。そうすることで風景は色あせない。形象が動き出す。切り取られたものが連なって軌跡を色濃くする。綴るってことは本当に尊いことだ。
 
ぼくにとっての最後の担任は京都教育大学附属京都小学校3年ろ組。学級通信は「藍より青く」。2002年のこと。毎週,子どもの様子を語り,子どもの作文を載せ,学級の動きをそこに綴った。そして,自分もまた文章に向かっていた。「路地裏の月」はその頃に始めた達富文庫のなごり。
 
それ以降も達富ゼミでは毎週,ゼミ文集を作っていた。1期生の「くじら雲」,2期生の「ぽぽんた」,3期生の「かげおくり」,4期生は「ごん」。5期生の「山猫軒」,「クラムボン」「おむすび」「ふきのとう」「てぶくろ」「夏みかん」「あめだま」と11期生まで続く。まみさんは8期生のふきっ子だ。あの頃の文集のページをめくると今でもまみさんたち9人が動き出す。