羽田のラウンジでモレスキンを捲りながら4月と5月を振り返っていると春先に小さな旅に出ていたことを綴っているのを見つけた。
18歳の頃、大津皇子や額田王に惹かれ、二上山の眺められるところに居を構えることを夢見ていた。
28歳、はじめての家は奈良県當麻町。二上の風が気持ちよく、僕の勉強部屋からは香具山、耳成山、畝傍山の大和三山がひろがり、夏は視野一望に大和の花火をおさめることができた。
ふと、訪れたくなって今年の春先に近鉄に乗った。
帰り道、ちょっと足を伸ばしてかつての仕事場。異動後、はじめてここまで来た。
平成9年から通った正門。
僕は平成11年に教師として半人前になったことを覚えている。授業というものが少し見えた気がした。単元をつくるということが自分の仕事になった気がした。研究ではなく授業に身を置くことを決めた。
教師の都合をやめる。子どもの学びどきを待つ。子どもの学びどきのためにそっと教室を動かしてみる。動かし方が分からないときは動かさなくてもいい場をつくる。僕の都合で動かした学びなど、独りよがりに過ぎない。話し合わせなくても、問わなくても、言語活動など設定しなくても、良質の作品や題材と値打ちのある《私の問い》があれば子どもは学び浸る。子どもの学びどきを待つのは恋しい気持ちに似ている気がする。
あしひきの山のしづくに妹待つと
我れ立ち濡れぬ山のしづくに
神さま、きょうもいつくしみをありがとうございます。