上五島 島ひつじの会による授業記録です。
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「今日は、問いを立てることができるようになりましょう」
教師は教卓の前に立ち、教科書を開くことなく、黒板に何かを書くこともなく、生徒一人一人の顔を見渡した。国語の授業は学習材の題名から始まることが多い。しかし、この日の授業で最初に示されたのは、学習材でも学習課題でもなく、「問いを立てる」という学習行為への誘いであった。
教師は、「みなさんは、問いを立てることを難しいことだと思っているでしょう。だけど、人は子どもの頃、誰もが問いを立てる名人だったんです」と穏やかに語った。「父ちゃん、どうして」「なぜだめなの、母ちゃん」「この字、どのように書くの」。小さい頃は、誰もが毎日のように問いを立てていた。教室には小さな笑みが広がり、何人かの生徒が隣の席の生徒と顔を見合わせた。
やがて教師は少し間を置き、「誰かに問われたときだけ考える大人になったらつまらないでしょう」と言った。その一言のあと、教室には短い沈黙が生まれた。続けて教師は、「考えることに受け身になってはいけません。自分で問いを立て、考え続けられる大人になってほしいんです」と語る。この語りは、問いを立てることを、教室の中だけの学習方法としてではなく、これから先の生活の中でも必要になるものとして位置づけていた。
後に参与観察者であった教師Mは、この導入について、「『問いを立てることは、考え続ける大人になるために必要なことだ』という言葉を聞いて、教育とは、無意識を意識化し、問い続けることで、人がよりよく生きる力を育てる営みなのかもしれないと改めて考えました」と記している。
教師は続いて、ある災害の避難所での実話を語り始めた。一つ目の避難所では、トイレは汚れ、食事は奪い合いになり、夜になっても周囲への配慮なく大きな声が響いていた。同じ被災者でありながら、周囲への配慮が十分に行き届いているとは言いにくい状況であった。ところが、翌日訪れた別の避難所では、まったく違う光景が広がっていた。トイレはきれいに保たれ、高齢者や子ども、母親から順に食事が配られ、夜は静かに過ごすための時間割まで決められていた。
「なぜ、これほど違ったのでしょうか」その答えは、一人の中学生が書いたホワイトボードにあった。そこには、「トイレを美しく保つには、どのようにすればよいか」「食事を公平に分けるには、どうすればよいか」「集団生活の時間の計画は、どのようにすればよいか」という三つの問いが大きく書かれていた。その周りには、避難してきた人たちが書いた無数の付箋が貼られている。問いの周りに、人々の知恵が集まり始めていたのである。
教師は静かに、「中学生の『問い』が、みんなの『考える姿勢』をつくったんです」と言った。教室は静まり返っていた。数人の生徒は顔を上げたまま教師の方を見ており、机に視線を落としている生徒もいた。話が終わったあとも、すぐには次の声が出なかった。
教師Yは、この導入場面について、「『問いとはこんなに身近なものだったのか』と感じました。避難所の話では、問いが自分や周りを幸せにする実話を聞き、自分もそんな人生を送りたいと意欲をもたせていました。やらされる学習ではなく、自分から学びたいと思うスタートに感動しました」と記している。
ここでも教師は、学習材を開かなかった。説明文の題名も示さず、問いの立て方も教えなかった。まず伝えたかったのは、「問いとは何か」という知識や「どうすれば問いを立てることができるのか」という方法でもなく、問いには人や社会を動かし、自分自身の考え方や行動を見つめ直す力があるという事実であった。この日の授業は説明的文章を読む一時間のはずである。しかし教師は、説明文を読む前に、生徒たちの中に「問いを立てたい」という気持ちを育てようとしていた。学習材と出会う前に、すでに授業は始まっていたのである。
神さま、きょうもいつくしみをありがとうございます。

