そんなにいそぐな、あわてるな

この日を楽しみにしていたし、この日を大切にしていた。佐賀大学に勤めてはじめてのゼミ生の教室に僕は立っている。

60の瞳が僕を見てる。僕はとびっきりの声を届けようとむしろ落ち着いていた。小学校4年生は何度も受けもった。やんちゃでデリケート、やさしくて横着、大好きで愛おしくて。この教室の4年生も最高に魅力的なまなざしで僕を迎えてくれた。

話したいことはたくさんある。話せることもたくさんある。そうすることで教室を僕の雰囲気にしていこうと思っていた。そう、思っていた。

無用!そう、無用。

何なんだろう、この一体感。教室はしなやかさをもった一体感に包まれている。馴染みのない僕を受け入れてくれるしなやかさ。はじめての僕を一緒にしてくれる一体感。

じゃあ、国語!そう、授業。

語彙の学習をしたかった。「はじめまして」のクラスに語彙学習はふさわしくないかもしれないけれどできそうな気がする。

「ちいちゃんのかげおくり」は悲しいお話なんだけど、悲しいだけじゃなくてうれしいところもある。だけど、うれしいということばをつかうのはどうかと思うんです。どんなことばがあるか、先生、教えてください。

窓側のいちばん後ろの席の男の子が手をあげて僕にたずねた。「はじめまして」の時間にこんなやりとりができるんだ。この教室の「毎日」がくっきりと見えるようだ。

いい教室をつくりあげたね。

僕は、にこにこ+そわそわ+わくわく+ドキドキしているゆき先生としゃべりたくてしゃべりたくてうずうずしている男前とべっぴんさんの4年生を交互に見ながら、僕が担任していたクラスでいちばん流行った僕の口ぐせをプレゼントした。

「そんなにいそぐな、あわてるな!」