栄冠のひとつ手前に

長崎大会決勝。朝からの入念な天気予報チェックなど無用のことだった晴天。長崎県営球場 BIG  N。日焼け注意報!

今年は佐世保地区の二校による決勝。長崎地区としては今ひとつ熱が入らないかもしれない、と思いつつ乗ったタクシーの運転手さんは、決勝に残ったチームの3番バッターの身内。降りぎわ、「おいは仕事のあるけん、代わりに応援ば頼みます。」との言葉とともに渡されたジュース代の300円。もうそれだけで僕は走り出したくなる。

3塁側に座った。ジュース代をくれた運転手から聞いた名前がスコアボードにある。この日は全校応援。まだ慣れない応援だからこそ力強く伝わってくるものがある。試合は3塁側の押せ押せムード。応援に押されるように攻撃も守りも流れをつくる。

しかし、正直、僕はどこか落ち着かない。3塁側の声援よりも1塁側のため息に心をもっていかれてる。そう、実は地方大会の1回戦から追っかけて見続けてきたのはノーシードの1塁側のチーム。

タクシーのおじさんごめんよ、と7回表に移動した。こちらも全校応援。3塁側は蜜柑色、こちら1塁側は新緑色。新緑色の帽子をかぶった生徒にも保護者にも知った顔がある。聞き慣れた応援団長の声。僕だって歌えるし踊れるよ、とつい体が動くオリジナル応援歌。9回に同点に追いついたときはすでに甲子園にいるような感覚が重なった。

延長10回。頂点に沸き立つ対岸の蜜柑色にこちらから贈った惜しみない拍手と甲子園でのエール。

栄冠のひとつ前。

スタンドの真っ白のままのユニホームがくたびれたメガホンを集めてる。聞き慣れた声の応援団長が太鼓を片づける。「これまでありがとうございました」と交わす親たちのあいさつは息子への言葉とともに支えた自分たちにも終わりがきたことの確かめ。「もうお茶を運ぶこともなかねえ」のひと言が悲しすぎることを隠すようにグランドの土が整備されていく。試合は終わったんだ。

そう、終わったんだ。ふうっと吐き出した夏のため息の隣でいくつもの新緑色の帽子が肩をふるわせている。赤くなった僕の腕も頬も夏の勲章だ。