旅のはじめは眼鏡を拭いて手を洗う。右ポケットの手ぬぐいをたたみ直して旅がはじまる。
この地に暮らしてから旅がふえた。京都に暮らしていたときは旅というより通過点。西の端の住み家は通過点にはなれない。「ここからはじまる」しかない。もちろん、「ここで終わる」ことにもなるのだが。
はじまりなら「きれいな」がいい。はじめるなら「きれいに」しておきたい。だから手ぬぐいをたたみ直す。
僕の夏用の上着は紺の麻。軽くて涼しくしわになりやすい。このしわがいい。漱石と歩く書生の気分になれる。ふだんはこれに麦わら帽をかぶる。最近は兄貴にもらったアースカラーのパナマ帽かせがれが贈ってきてくれたベイスターズブルーのこれまたパナマ帽。昔ながらの麦わら帽ではなく少しいかした感じが気に入ってる。
上着のポケットには扇子。これまた愛用の品は二本。ひとつは京都の寺町で見つけた軸のしっかりしたもの。もうひとつは友人からの誕生日の贈り物。紺と青。どちらも上着や帽子と似合ってる。
ちょっと出かける時には風呂敷。芹沢銈介の気に入ったものを使って25年になる。
こんど小遣い銭が入ったら靴と鞄を買おうと思ってる。メイドインジャパンの茶色い革靴をねらってる。鞄は少し大きめのアジア製を探してる。今、提げているスペイン製は日本の夏の湿気には合わない。
そんなことを考えながらきょうの旅もはじまった。誰と会って、何処を歩いて、何を見て、つまみ食いの種類と量に注意して、銭湯をさがす。風呂上がりの一杯はもう決めてある。
旅はやめられない。