ちょっとしたことを綴っておこう。モレスキンのノートとモンブランの万年筆、時々たつログ。
たつログ
えとせとら
こうやって足跡が価値づけられる
さあ!あらたなページ
自由に綴れるサイトにすることにする。だから新しいことができる。もっと楽しくなりそう。
以前のものではなく,新たにこのURLを保存してくださるとうれしいです。きょうからはプライベートサイトです。
旅土産?
甲子苑
味生小のたつとみです。
きょうはzoomで研究発表会。大阪府摂津市立味生小学校の「これまで」を全国に届ける日だ。
何度も何度もリハーサルを繰り返し,何度も何度も確かめ,何度も何度も打ち合わせをしたに違いない。それでも,当日に緊張感は半端なものではないにちがいない。小学校に参会者が集って行う研究発表会の数倍も必要な労力を厭う教師はだれもいない。みんなこの学校に誇りをもっている。だから,余すところなく伝えようとしている。その姿が美しすぎる。何もできず,遠くから手を振るしかない自分がなんとも残念で悲しい。
3つの分科会はどれも圧巻。テンプレートなどない。だけど,価値は共有されている。無責任な自由ではない。だからこそ,創意工夫に満ちた独自性のある分科会だった。
ブレイクアウトルームを行ったり来たりしながら,僕は小一時間の分科会の旅を楽しんだ。一つの部屋に入ったら出るのがもったいない。しかし,ほかの部屋も気になる。ずっとここに居たいよくばりと,なんども繰り返し巡りたくなるせっかちさが同居する。だけど,そんなことをしている自分がなんだか残念だ。だって,一緒にやっていないという証拠だから。
分科会の時間の最後は高学年部会にいた。
やられた。この学校の教師にやられた。完全に研究を楽しんでいる。素晴らしすぎる。
僕の講演など不要。この時間を分科会につかうべきだった。何を語っても,味生小学校の教師たちのライブに勝るものはない。どんなに説明しても,味生小学校の教師たちの熱さにかなうはずない。できることは,一緒に研究仲間にしてもらってありがとうという気持ちを言葉にすることだけだ。学んだのは僕のほうだ。
何度も語り合った。強いことばで言い放ったこともある。嫌な気分にさせたこともあったにちがいない。「とにかくやる。つべこべ言わずやる。」なんて,本当にごめんなさいしかない。だけど,味生に行くのが楽しみだった。ここに来ると教師になったときのことを思い出す。教育実習生だった頃の自分に戻れる。子どもの教師の教室のにおいを思い出す。何度目かの校内研修で不覚にも流した涙。僕はやっぱりみんなと「教える」ことに浸っていたい。職員室が大好きなんだろう。
研究会が終わった後,味生小学校の職員だけのブレイクアウトルーム。
「達富先生,なにかひとこと。」との山ちゃんの声に,僕は「みんなのことが大好きです。」とだけ返した。それ以上なにも語れるはずがない。二度目の涙を見せるのはもっと先にとっておく。
本当にいい研究発表会だった。みんなの誇り高い姿をいつまでもいつまでも忘れない。
そして,僕の宝物箱に2枚の写真。
神様,ありがとうございます。僕の働きの実りが味生小学校の役に立つものとなりますようにもっともっと謙遜のうちに生きていきます。
思い出すたび,思い出す旅
日本一の鶏飯。
これ以上,裂けないというほどの仕事。鶏肉を糸にする。手間の掛かる仕事の指先のあたたかみが残っている。丁寧な仕事はそれだけで美しい。
錦糸卵。鶏肉の白い糸と卵の黄色い糸。
椎茸の香りがたまらない。だんだん太くなる糸,だんだん色を濃くしていく糸。
鮮やかな緑。包丁で鋭角に切られた葱はこれまでの暖かな食材とは打って変わって緊張感さえかもしだす。
そして,湯気を立てる鶏スープをなみなみと。
パパイヤの漬物をちらして完成。
ざざざっと流し込みたいような,幾種類もの糸をしみじみ味わいたいような。茶碗を持つ手が思案しているところに,二膳めしあがりませんか,との声。
では,初めはしみじみ,おかわりはざざざっと。
美しい食事はいつまでもいつまでも心満たしてくれる。一週間前が昨晩のようだ。
ありがとう,るみさん,壮。
神様,僕に仲間をありがとうございます。
包み紙に店名なし
きょうも西海の小学校をたずねた。押しかけたようなものだ。先週の授業の余韻をもう一度たしかめたくて車を走らせた。
いい授業とは何度語り合っても魅力があふれてくる授業のことだ。思い出すたびに新たな学びがある。謙虚な授業者の姿にも学ぶことばかりだ。
僕の仕事は,「よさ」を言語化すること。「なにげない営み」を意味づけること。「断片化された子どもの動き」を文脈化すること。そして,「教師の仕事と教室の事実」を価値づけること。
いい授業だった。価値ある単元だった。
「さて,帰ります。」と立ち上がったとき,高尾さんから包み紙。
「味自慢」とは書いてある。「美味」とも書いてある。しかし,店名も品名も書いてない。この謙遜のうちに営みを続けているこの店の饅頭が好きだ。先週,このことを話題にしたことをちゃんと覚えてくれていて,買ってきてくれた友に遠慮は無粋。「ありがとう。」を残して,すっかり暮れた2月の帰路についた。
神様,きょうも一日をありがとうございます。
さてと,列車の旅
いまはがまんがまん
何という出迎えだろう。先日、届けた僕の古着のジャケットを着てくれてホテルまでお出迎え。心にくい演出だ。僕にはぶかぶかだった上着がこの男には窮屈そうだ。それなのに着てくれていることが嬉しくもあり申し訳なくもあり。
そして、自宅へ。
何という出迎えだろう。今夜は食事だけのはず。そうだよね。いくらなんでも、このご時世に羽目を外すことはない。
しかし、見るだけでも壮観、、、今夜はこいつを並べてボーリングをしよう。
時が経てばこいつを朝までかけて空けよう。なあ、そうしよう。
そうそう、何を食べても美味いのはこの料理の旨さだけではない。居間で指笛を鳴らすと台所で踊り出す。語らいのことばの柔らかさ。見つめ合う瞳の安心感。そういうものってすぐにつくれるものではない。
石油ストーブの上のやかんがシュンシュンいうてるのがなんとも似合ってる。畳の上でごろんとなれば間違いなく朝まで眠りに落ちるだろう。居心地よさとは、こんな日常にだからこそ見つけることができる。
神様、ありがとうございます。
教師の作文
これがあたりまえ
新任採用から3年。ずっと続けてきた。だから,ちゃんとした指導ができている。「これがあたりまえの授業」と言い切るこの教師。謙虚さにたくましさが加わった。
授業中のグータッチ。いいタイミング。
本当なら抱きしめたいところだろう。だけど、マスクの時期。臨機応変な評価と励ましと大いなる敬愛をさりげなくできる授業の運びに僕の手も止まる。
手帳にそれらしい言葉を書き留めるより、今はこの授業に心を留め。きちんと観察しよう。
いい授業とは後味もいい。本当ならおつかれさまの乾杯なんだけど,今はグータッチで我慢。
さて、帰路。
西海から虚空蔵山遠望。
きょうもいい一日。
お土産にもらった柑橘。ぎゅっと絞って焼酎。味わいのある酢を愉しみながらの夕飯。離れたところからだけど、授業者の山口かおりに乾杯とグータッチ!
神様、きょうも一日をありがとうございました。
職員室がひとつ
僕はこの小学校が大好きだ。全員と話し,全員と笑い,全員の目を見つめ合ったこの2年間。
大好きなこの小学校の職員室から素敵なものが届いた。
クリック→https://drive.google.com/file/d/1i1Oy7n7riohUEwwf9NbPypTGi_-EPiAv/view?usp=sharing
この丁寧な研究の軌跡,きちんとと進めてきたあかし,そしてちゃんと子どもの学力が伸びた結果。それを,日本中に届けたかった。
ぜひ,ぜひ,時間休をとってでも参加してほしいな。かけがえのない時間になること,間違いなし。
新しい言葉を語る
同じことを考えていても,同じようなことを伝えようとしても,古い言葉ではなく,新しい言葉を語ることにしよう。そうすれば,新しい理解が生まれるような気がする。
変わらず,変えず,このまま大切にしていきたいことだからこそ,新しい言葉を語ることができないか。そんなことを試しもしないでいつも通りを繰り返すよりも,いちど新しい言葉を語ってみたい。
僕の話を何度も聞いてくれているあなたには新しい言葉を。はじめて聞いてくれるあなたにははじめての新しい言葉を。新しい言葉を語ることで,僕にとっても新しい理解が生まれる気がする。
Liveで考えていること
僕は今,授業観察してる。
いい授業だ。だから考えてる。
子どもは,何のために作品を読んでいるのだろう。子どもは,何のために考えてるんだろう。
この問いは僕にとってたいへん新しい問いだ。
だってこの問いは,何のために読ませてるのか,何のために考えさせてるのかということだから。僕は即答できない自分を残念に思っているところ。現在、10時45分。
意図的に指名して子どもに語らせることがある。事前に観察して準備したものだから効果的なものになる。しかし,語らせる準備はしているが,聞かせる準備はしていない。だから,教師の意図的な「子どもの語り」は全体に共有されないことが多い。
どうするか。教師が復唱するという手もあるだろう。しかしそれでは,声の共有にはならない。子どもの声のやりとりを教師が奪うのではなく,教師は「誰にでも聞こえている声」を「わたしが聞く声」になるように調えなければならない。僕はそれが腕の見せどころだと感じているので,この技術を磨き続けている。ということで,現在,11時35分。
学習課題のBフレーズは思考操作。単元を通じて有効だと考えられる「考えるという営み」を一つか二つ示す。ただ,示した思考操作だけで考えることに浸る単元になるわけではない。往還する子どもの言語活動には,突然現れたり消えたり,隙間にとどまったり何となくいつも気になっていたりする小さな思考がある。この小さな思考操作,つまり「そのとき」に有効な思考行為動詞を教師はたっぷりもっておくことが必要だ。12時30分。お弁当を目の前に,包みを「ひらく」か,「あける」か,「ほどく」か,「とく」か,どの動詞を使うか選んでいる。
その前に感謝するを忘れてはいけない。
神様,きょうも日ごとの糧をありがとうございます。
ここはガリラヤ
若かった頃の
ここ三日,四日。カーステレオの調子がよくない。いつもならお気に入りの音楽が流れる小さな部屋が思いがけず静かな場所となった。そうなると,何処からともなく声が聞こえてくる。
遠くに暮らす息子の声,九州の仲間の声,卒業生,実家の母。そんななか,ラザロという時々夢の中に出てくる男の声も聞こえてくる。
ラザロが言う。「若かった頃の話を聞かせておくれ。」
この三日,四日。ラザロに聞いてもらっている,若かった頃の達富を。
自分が若かった頃のことを言葉にするのは勇気のいることだ。だけど,そうしないと,ぼんやりしてしまう。かすんでしまう。忘れてしまう。忘れる前にいいかげんな思い出にすり替えてしまう。物語にしてしまう。
だから,僕はいま,若かった頃の自分を自分の言葉で語り,ラザロに聞いてもらっている。
ラザロって誰だ?
夢に出てくるだけなのに,僕のことを気にかけてくれている。会ったことも話したこともないラザロに僕は朝晩,聞いてもらってる。
ありがとうは,届くと,×2
思いがけないひと言だった。
きょうは大学入学共通テスト。朝の社会科から夕方の英語リスニングまで丸一日の試験。すべての受験生を自分の息子や娘に感じてしまう。「今までのがんばりを発揮しなさいね。」「緊張しなくていいよ,,,」「さあ,深呼吸!」,なんて声をかけることはできないから,僕は,試験の説明アナウンスに集中した。いつもよりポーズやイントネーション,プロミネンスに心を寄せて話しかけるように注意した。
なにごともなく一日目終了。三人の試験監督で労をねぎらいながら試験室を出たとき,思いがけないひと言。
「先生,試験監督ありがとうございました。」
どこの高等学校か分からないけれど,3年間,着込んだ制服姿が頭を下げてくれた。
確かにくたびれた。だけど,この「くたびれ」が僕の仕事。
帰りの車の中で,「試験監督ありがとうございました。」を何度も繰り返して思い出した。「ありがとう」って,心に届くと2倍もの感激をうむ。「ありがとう。」。
さあ,明日は1月17日。あの日から26年。日本が「ありがとう」に包まれた時間を感じたい。
神様,きょうもいちにちをありがとうございます。
「考える」ことを考える
「積極的に取り組み,努力する力」を身に付けた女の子の冬休みの宿題が届いた。その文章には,「ということは」を使って考えることが効果的だと書いてあった。そして「ということは」の構文を楽しんでいる。
だから,返事を送った。
「ということは」は思考を多面的に繰り広げるためのいい言葉です。
「つまり」につながります。
ただ,「つまり」を使い切るのはなかなか難しいので,まず「ということは」で思考を二文構成にすることに慣れましょう。
「ということは」に慣れてきたら,「そのことを根拠にして考えると」です。
「ということは」の前が根拠,「ということは」と同時に頭の中ではたらかせているのが理由づけ。そして,理由づけに導かれる「ということは」に続くのが主張です。〇〇さんは,「根拠」を探して,それをしっかりと組み合わせて「理由」づけ,自分のことばで「主張」しようとしているのです。伝わるように「創る」という思考ができつつあるのです。
こんな日は気分がいい。子どもが考えることを楽しんでいる姿は応援したくなる。
今年はもっともっと教室を訪ねたい。
ところで,なかなか面白いサイトを見つけた。お時間があるときにどうぞ。小学生中学生が見ても「考える」ことを考えられると思う。
click→ https://www.mitsumura-tosho.co.jp/kyokasho/s_kokugo/interview/shimomura/video.html
静かな朝
あくゆうの軌跡
ポピーが花屋に揺れていたから
赤いポピーの花言葉は「慰め」と「感謝」。
慰めるのは他人ばかりではなく,自分の心も慰めることが必要なときもある。
自分を慰めるには眠るのがいちばん,と言う人もいる。
好きな音楽に耳を傾け,美術館を訪ねることで慰められる人もいるだろう。
飲んで飲んで飲まれて飲んで,というのも自身の慰めの姿かもしれない。
どうすれば自分を慰められるか。
僕は仲間と語り合うことだと思っている。
だから,この冬休みは,ちょっと退屈だし,ちょっとさみしいし,かなりうずうずしてる。
なあ,壮,赤城ィ,宏ちゃん。はやく会いたかねえ。
てのひらを感じて尊い仕事を
遠出ができないこの冬休み,車でゆっくりと長崎の道を動いた。
雲仙。ここのお湯は本当に気持ちいい。僕の全身を包んであたためてくれる。身体の隅々にお湯を感じて幸せな気持ちになる。誰も居ない岩に囲まれた源泉の満ちた露天風呂で僕は今を感じる。
大海原を泳ぐイルカ。その愛らしい顔,冷たい水を切ってお泳ぐたくましさにしばし時を忘れる。見入る。僕の目はイルカの生命力と美しさに釘付けだ。この非日常的な生き物と僕が同じ「今」を生きていることに不思議を感じる。しかし,長崎この非日常的な姿であるイルカを支えて包んでいる海の水やその水をたたえて守っている地球に目を向けることはない。泳いでいるイルカそのものは見ているのに,海も地球も見ていない。南山中学校の西経一校長先生が言うように,水槽の中の金魚を見るとき,金魚しか見ていないのは,水は澄み,水槽は透明だから(長崎新聞 2021.01.01.)。
自分勝手なものだ。お金を払って温泉につかり,幸せな気持ちになっているときは自分の身体を包んでくれるお湯や岩風呂にはそのありがたみを感じるのに,愛らしいイルカに夢中になり海も地球も見ていない。こんなことって,たくさんあるように感じる。
1月1日。毎年のことだけれど,一年を考える。
今年は,そのものだけではなく,そのものと僕の間にあるものを感じるようにしよう。そのものを包み込んでいる周辺の世界を見るようにしよう。そうすれば,きっと,僕のまわりにある僕の「そのとき」をずっとつないでくれるものや,僕を包み込んでくださっている「てのひら」を謙遜のうちにだいじにすることができるように思う。
授業だって同じだ。手を挙げてしゃべっている子どもだけを見るのではない。その子どもと他の子どもと教師の間にあるもの,「そのとき」をつないでくれるものを感じなきゃいけない。授業を包んでいる「大きなてのひら」を見なけりゃいけない。それらが教室の事実,教室の声だ。子どもそのものだけを対象としているだけではいけないんだ。教室の声を共有し,教室の声に学び,教室の声を謙虚に聞かなければならない。
西校長先生は言う。水や水槽のような働き方を「尊い」という。自分は注目もされず,誰からもほめられることもなく,感謝されることもなく,あたりまえのように働いている人を「尊い人」という。澄んだ水のような尊い母の愛の中で,水槽のような尊い父の力強さに抱かれて私たちはあたりまえに生きてきた。
さらに,
例えば,スイッチを押すと電灯が点く。そのとき,私たちは発電所,電力会社,送電線管理,その電気設備会社で働いている多くの人のことを思い浮かべることはない。感謝などしていない。ただ,押せば点く。そうした状況を造り出す,それをプロフェッショナルといい,「尊い働き」という。
さあ,2021年。
僕の「そのとき」をつないでくれるのは僕の仲間。もっと仲間を感じたい。
僕にとっての「大きなてのひら」。それは神様。もっと神様の声を聞くことができる心になりたい。
尊い働きのできる者になれるよう,例えば僕のことをよく思わない人のことこそ愛せるようになりたい。
新しい一年を迎えられることを神様に感謝し,みなさんの祝福を祈ります。
https://drive.google.com/file/d/1OjBKI5ETs-DGNkhRL8OXr2WScZqfY_eH/view?usp=sharing
年の瀬
研ぐ・磨く・擦る・洗う・拵える
朝はそうじからはじまって
そうじそうじ
きょうは我が家の梁に暮らしている二人の英雄を風呂に入れてやった。
もともとは内蔵電池でしゃべる仕組みになっているんだけれど,今はもうしゃべらない。
と,水を切り,乾かすためにテラスに吊しておいたら,しゃべりだした。
「あんたは俺の相棒だぜ」
しばらくすると,
「無限の彼方へ!」
ピザを焼く僕の背中で二人がしゃべっている。僕の口からも懐かしい台詞がぽろり。
「ウッディは危険を冒して私を助けてくれた。今度は私が助けなければ友達ではない。」
そう,今年もたくさんの仲間に助けてもらった。来年は,僕が助けなければ仲間ではない。みんな,待っててちょうだい。達富はみんなに会いに行きます。
神様,きょうも一日をありがとうございます。ともにいてくださってありがとうございます。
さあ,かわろう
僕に行きつけの床屋はない。旅先でふらりと髪を切るのが好きだからだ。しかし,今年はとんと旅に出ることがなくなったため,同じ床屋に通うことになった。それはそれで悪くないんだけれど,なんとも変化が乏しい。
よし,変わろう。ということで,きょうは馴染みになった床屋のオヤジに「短くしましょう。」と,ただ,それだけ言ってみた。
オヤジとの話題が大崎高校のセンバツ出場のことだったからかもしれない。朝いちばんに髪を切りに来るはずだった野球小僧が来なかったからかもしれない。小春日和だったからかもしれない。オヤジがはさみを新調したことは関係しているはずだ。
数分後。坊主あたまの僕ができあがった。
ひさしぶりの坊主。
野球をしていた頃は40年ほど前,坊主頭は当然のことだった。
30年前は五島列島で教師をしていた。クラスの慎太郎とのじゃんけんに負けて坊主になった。
「風邪ひかんごと。お金はよかけん。」と見送ってくれたオヤジ。なぜ,お代がいらなかったのかは分からないけど,僕はひさしぶりの坊主頭をとっても気に入ってる。
神様,髪型がかわりましたが,見間違えないでください。
日光の黄金
クリスマスイブおめでとう
クリスマスイブ。
待降節の毎朝,早朝のミサに与り,きょうの日を待ち続けていた。
包み込まれている安心感を外からも内からも感じる一年だった。それは仲間がともにいてくれている安心感。
ときに,親子のように兄弟姉妹のように。こんな僕に打ち明けてくれる言葉を逃してはいけない。
ときに,一緒に歩もうと手を取ってくれる仲間。一緒に立ち上がろうと書けてくれる言葉に励まされる。
支えているのは僕じゃない。支えられているのは仲間がいるか。引っ張ってくれる,かかわってくれる。たとえ,毎週,会えるわけでなくてもつながっている。
鹿児島のあくゆう,長崎,上五島の友,熊本,天草の仲間,佐賀のいつもの連中。
いつもいてくれてありがとう。神様,ともにいてくださってありがとうございます。
と,帰ってきたら国際郵便。プラハの弟からもメリークリスマス。
こんど,絵筆の持ち方を教えてあげよう。キリ,ありがとう。
神様,おめでとうございます。
たつゼミっ子,よくやったね。
日常の風景
小さい頃,父さんや母さんは僕にとっていつも一緒に居る存在であり,近い風景だった。動いている風景だった。
それなのに,今,親父やお袋のことを忘れてしまっている時がある。なんと親不孝なことか。なんと身勝手なことか。自分のことばかりで精一杯になっているとき,自分の仕事が上手く運び有頂天になっているとき,仲間との折り合いがつかずため息ばかりのとき,親を見ていない僕がいる。
見えているだけで見ていない僕。白黒写真のように静止した日常の風景に安心している僕。そんなときの僕の目は澄んでいるはずがない。
いつのまにか互いに互いの無事を祈る存在になっている父や母。心の声が聞こえるとき,情け深い表情が動きながら届くとき,僕が父や母に今を届けようとしているとき,会っていなくても一緒に居るんだと安心できるとき,心がつながっているとき,きっと僕の目は澄んでいるはず。
そう,目の澄んだ者は,大切なことを止まった日常の風景にしない。
僕たちは,教室を日常の風景にしていないだろうか。子どもが動いている教室,子どもの声が響いている教室,子どもが生きている教室。教室を日常の止まった風景にしていないだろうか。
神様,きょう,神様の声が僕のうちに響きます。
日曜日とはこんなもの
我が家の庭の雑木には啄木鳥が棲みついている。今年の冬はいつになくにぎやかにコンコンとやっている。
日曜日。顔を眺めようとカメラを持ってでたとたん,目が合った。
飛び去ることもなく,怖がることもなく,隠れることもなく,コンコンやっている。あっちでもこっちでもコンコンやっている。それならこちらも気をつかうことはない。チェンソーを出して薪づくりの汗を流した。
と,友だちが軽トラで登場。頼んでいた稲わらを届けてくれた。長崎県西海,雪浦の農家高尾信定さんのたんぼの稲わらだ。
これを離れの丸窓のあるロフトに積んで昼寝をするつもり。とにかく香りがすばらしい。小学生の頃に帰れる。アルムの森に思いをはせる。ここに暮らしてよかったと浸る。
日の高いうちは天日に当てておこうと思い,ツリーテラスに敷きつめた。
大村湾から流れる潮風がわらの香りを離れの中に連れてくる。なんと幸せなことか。
いただいた炊きたての新米に五島の塩。なんと贅沢なことか。
「ほんとに,いい日曜日。」と伸びをする僕の頭の上には未だ鳴り止まないコンコンが響いている。
この啄木鳥の名前はもちろん「おとや」。
神様,安心と満足の日曜日をありがとうございました。
平戸がはじまる
きょう,平戸の勉強会が産声を上げた。規模を小さくして仲間内だけの会にしたのはもったいなかったけど,こんな時期だからやめるのではなく,こんな時期でも始めたことに大きな拍手だ。
3時間。心地いい時間が過ぎた。「また来ます。」の言葉が伝わっただろうか。玄関まで見送ってくださった笑顔をいつまでも続いた両手のさよならは「また次も,」のメッセージだと受け取って左折した。角を曲がってルームミラーの姿が消えるまで,両手の動きは続いていた。
感謝。それだけだ。
帰り道,平戸大橋を眺める場所に来た。
この場所ははじめてだ。そんなに離れたようにはみえない海の流れの向こうが平戸。海流の先をじっとみつめるように聖堂が建つ。
きょうの僕の仕事は平戸の子どもたちに役立つものになったんだろうか。
日が暮れる。
国道を走りながら,ふと考える。きょうの僕の仕事は平戸の子どもたちに役立つものになったんだろうか。
その答えを確かめるためにも,「また来ます。」の声を残して国道を走る。途中,沈む夕日に天主堂がたたずんでいた。
神様,きょうも一日をありがとうございました。ありがとうございました。
待降節の上五島
特別な一日の「きょう」
三浦町を出て,いつもの朝ごはんを食べて,8時ちょうど発の有川行きフェリー。
ほとんどお客のいないフェリーは赤い絨毯を独り占めできる。
港にはいつもの笑顔。僕の鞄もこの港によく似合う。
さて,小学校着。「ただいま。」のひとことがすんなり出る。
きょうは今年のしめくくり。高学年の授業。といっても「わたり」や「ずらし」ではない。
ずらさないほうがいいのにずらしたり、わたるために学習を小刻みにするのはおかしい。そんなことに気づいているこの学校の複式指導は新たな方法を探し始めてる。だから、かかわっている僕の目も忙しい。教師を見たり,子どもを見たり,子どもを見たり,子どもを見たり。
手に汗がにじむ。
「いい授業でした。」ひとこと本音。そして、「だからこそ!」の、協議。みんな本気だ。この小学校の教師たちは間違いなく本物だ。同じことを繰り返さない。理解できるまでたずねてくれる。だから,次はその次の話ができる。「学び」そのものだ。
きょうは若松にも寄らずに帰ることにした。だって明日は火曜日。また朝から子どもを歩いて迎えに行く校長先生の邪魔はできない。当たり前のことを当たり前のように続けられるのは当たり前ではない。
「写真を撮ろう。」の声にすっと肩を組んでくるのはこの男だけ。
帰りのフェリーに届いた一枚の写真。自分が乗っている船を見るのは初めてだ。
戻る旅に日が沈んでいく。
神様,きょうという特別ないちにちをありがとうございました。明日も特別ないちにちにします。
教室に学ぶ
ある中学校教師からの便り。
『握手』で絵コンテを作る言語活動を位置づけた単元のときのことです。
絵コンテの交流を行ったあとに,生徒の「私」の指言葉の絵コンテの違いをとりあげました。
そして,「この指言葉は誰に向けてなの」と発問しました。
生徒は,物語の展開と関連付けて,それぞれの考えを発表をし,学びを深めたように思います。
しかし,です。これは初発の感想から無理矢理,教師が考えさせたい問いを見つけ,発問しているスタイルとどう違うのか,と思いました。言語活動だからこその《問い》ではありません。言語活動だからこそできる学びをうまくデザインできていません。
その作品を読むからこそ,立ち止まらせたい内容というものがある。
僕にとって,「握手」の「死ぬのは怖くありませんか。」に答えるルロイ修道士の謙遜と正義や,「字のない葉書」の「部屋」のちがいに込められた向こうだの住感覚などは,生徒の感想からは出てこない。だけど通り過ぎたくない。
どうするか。
41人目の学び手として教室に参加するという方法がいい。
僕たちはこうして学んできた
拝啓 洋二兄
旅の周辺
博多駅、普段は3番線のかしわうどん。その時間がないときや、時間調整のため車内で食べなきゃいけないときはコンコースにあるお店「野の葡萄」。
きょうは、乗り換えもぎりぎり、新幹線を降りる直前に食べるつもりだから「野の葡萄」。買い物できる時間は2分ほど。
ちゃっちゃと、お気に入りのおむすび二つ。てきぱき小さな惣菜。さっさとSUGOCA。ひとこともしゃべることなく、レシートはいらないよと、手を振りながら店を出た。
それなのに背中に聞こえてくるのは「ありがとうございました。いってらっしゃいませ。きょうがいい一日になりますように。」の声。
僕はうれしかった。あたたかくなった。振り返った。そして、心がもう一度、1分前に戻りたいって言ってる。ありがとうって言ってカードを出して、ありがとうって言っておむすびを受け取って、ありがとうって言って店を出たかった。
恥ずかしくなったよ。悲しくなったよ。急いで乗り換えなきゃ、早めのお昼を買わなきゃ、よし、上手く新幹線に乗れそう,間に合った。さすが!満足!なんて、恥ずかしいよ。悲しいよ。
僕の旅は僕だけの旅じゃない。何気なくかかわってくれて、そっと旅をつくりあげてくれているたくさんの人やものがあるのに。すいすい動くことができてる自分に満足している自分のなんと小さいことか。
ありがとう。ありがとう。きっといい一日になります。あなたの言葉がいい一日にしてくれます。ありがとう。店員さんの一日もいい一日になりますように。一日の初めのお客が僕みたいなだめでごめんなさい。
神様。自分で何でもできる、自分はできるなんて、だめですね。だめですね。
縁ある人万里の道を越えて
きょうは福岡。
先日来の部屋掃除で発掘した懐かしのCDをならしながらの3時間あまり。
初めて走る国道200号線。11月末日の太陽が雑木林の黄色を輝かせている。見慣れない町名,橋の名前,店の名前がどれも楽しい。「寿命」「天道」なんて地名,住んでみたい。「桃太郎橋」,いいなあ。「百年ラーメン」食べてみたい。
さて,到着。きょうは,中学3年生の数学の授業。「三平方の定理」。
指導事項は「三平方の定理について理解できるようになること。」
言語活動は「2種類の方法で三角ロジックで証明すること。」
そして,思考操作は「いくつかの求積の方法を組み合わせる。」
見事。
そして,僕からもちょっとだけ助言。
「14時間の単元をいくつかの小単元に分けられないでしょうか。もし,2時間ずつの7つに分けられたら,目当てを7つにしましょう。もし5つに分けられたら目当ては5つでいいですよね。14時間,ばらばらの時間が集まっているということなら,目当ては14です。」
そうしたら,
「3つくらいにくくれます。だから,3つの小単元を合わせるという考えでいきます。」
こんな日は,気分がいい。
夕景の下をさっきまでの研修のことを思い出しながら走る。
これも縁だよな。って。
行くときに流していた懐かしの中島みゆきさん。諳んじているフレーズを口ずさむ僕は闇に包まれていく。
神様,きょうも一日をありがとうございます。どんなことでも自分でやってやろうなんて思わないことがきょうをつくりました。ありがとうございました。
本時型の1時間
zoomによる九州 教室の声に学ぶ会。熊本から発信された3週間にわたる企画。こんなに素晴らしい内容なのに参会者が少な過ぎる。もったいない。「あかん!」
熊大附小の3人、ありがとう。いつまでもいつまでも僕の歴史に残るいい会でした。
ところで,あの場で僕が発言した「本時型の1時間」について。
「本時型の1時間」という名称,実は気に入っている。
「単元まるごと」-「本時型の1時間」=?
この引き算の答えをみんなの宿題にしよう。この宿題を解決することでこれからの授業が明らかになる。まちがいなく。宿題の答え合わせもやりましょう。佐世保の居酒屋で。
ゆるがない大きなものに包まれて
ラジオ局に着いたら,まずは勉強(?)CDに囲まれた部屋で面白い本を紹介してもらった。自分で見つけられない本に出会えるのは人の縁が届けてくれるお土産だ。
そして,本番。
さて,きょう,僕が伝えたかったこと。そのひとつは,会話はつくりあげるということ。
例えば,二人の会話。
相手が感動を伝えてくれるのを待つことだけが会話ではない。話し相手が言葉を紡いで自分の感動を僕に話してくれる。その話の伝達の完結を待つことだけが聞き手ではない。
会話は一緒に造りあげるものだ。だから話し相手の言葉を編むことを協働で行いたい。それは決してでしゃばっているわけではない。相手を信頼していないわけではない。
感動を伝えられるのを待つだけではなく,感動は一緒につくりあげるもの。感動を伝えるだけではなく,通じ合ったことに感動したい。
僕が聞き手だからよかった,って,もしももしも思ってもらえるならこんなうれしいことはない。
同じように,あなたが聞いてくれたから僕の声も元気になりました,っていう一日もいい。
ノッコさん。きょうも僕の話を聞いてくれてありがとうございました。ラジオで話すって,こんなに楽しいことだっだんですね。オールナイトニッポンで育った僕は,すっかりラジオで話すことに夢中です。だって,聞いてくださっている多くの人がいるんですから。さあ,次は12月21日。今年のしめくくり。クリスマスを前にどんな話をしようかと,明日からが楽しみ。
そうそう,きょうの話題のもうひとつは「鐘」。
鐘は聞こえてくるものではなく聞くもの。鐘はメッセージ。だから,鐘はちゃんと聞かなくっちゃ。鐘を鳴らす人の心が響いてくる。それを受けとめることで鐘が鐘らしくなる。スィンギングベルに祝う祝婚の鐘,天に召されて送る鐘,主日のミサの鐘。同じはずがない。
鐘と同じように,人の声もちゃんと聞かなくっちゃ。僕の声は届いたかな,と思いながら,帰り道は「長崎の鐘」を口ずさんでいる。
ゆるがない安定した大きなものに包まれて,僕は昨日も今日も生きてきた。だから明日も楽しみ。
いい言葉をつかってきょうを締めくくる。いい言葉できょうを語る。だからきょうもいい一日になる。僕は365パーセント,毎日いい日。
僕に「きょう」をくださった神様に感謝。
評価することばは文化がつくる
きょうは第4回 きゅうでん はがき新聞コンクールの最終審査会。昨年度までは西日本新聞社ビルだったけれど,今年は九州電力が会場。
九州電力の偉い方や西日本新聞社の偉い方と一緒に過ごした。もう4度目になる。僕の普段の生活ならお目にかかることさえできない文化人と語り合えるのはありがたいことだ。価値観や文化観,人生観に学ぶことばかりである。
じゃあ,ここは教育に生きている者として謙遜のうちに子どものよさをことばにしようと張り切ってします。「子どもってそういうものですか。」「子どもの書いたことのそういうところを見るんですね。子どもが書いているときに考えていることも分かるんですね。」「そうやって学校の先生方は教えておられるんですね。」「まったく想像も付きませんでした。学校って素晴らしいじゃないですか。」なんて言葉が文化人から聞こえてくると,僕がここにいる意味があるように思う。
子どもの作品の審査会は,子どもの作品の順序づけ大会ではない。子どもがしてきたことをちゃんと見つめる大会である。それは,子どもの作品を見ることを通して,私たち審査員の評価能力を試されている大会でもある。子どもの作品は素晴らしいものばかりだ。その素晴らしさを今回のテーマに沿って価値づけるのが審査員の役目だ。九州電力の方の発言は九州の生活を背負っている。九州の快適づくりに責任をもっておられる発言はそれだけでありがたい。過日の台風の後の停電のときの復旧が思い出される。ヘルメット姿で夜も昼もなく働いてくださった社員はこのようは社風に支えられているんだと思うと,頭が下がる。涙さえ浮かぶ。西日本新聞社の方の発想は九州の社会と文化を鋭く切り取りながらもそれを歴史の中に編んでいく。日々の一枚の紙面が九州の歴史を作っている。まだ見ぬ明日を文字にして残すという責任とそのための言葉の力をみがく覚悟がある。
そんな文化人との数時間が楽しくないはずがない。評価する言葉は,それぞれの文化によって同じではない。九州電力の阿部さんや柚須さんの言葉,西日本新聞社の吉村さんの言葉は,僕とは異なる。異なる言葉で,だけど,誰もが「なるほど」とうなずくばかりの評価をされる。表象を切り取り,それに言葉を重ねるという仕事はそれぞれの文化が創っていく。感嘆するばかりだ。
「ありがとうございました。」と僕に届く言葉以上の「ありがとうございました。」を残して九州電力のビルをあとにした。第5回も同じメンバーで再会したいと思いながらの帰りのハンドル。
都市高速を抜け,九州道。鳥栖ジャンクションで鹿児島,熊本,大分,長崎の標識。ここが九州の分岐点。生野さんは元気かな。またかぼすと焼酎で語りたい。壮とは近く会う予定。あくゆうとの年忘れの勉強会を楽しみにしてる。熊本。週末のzoomでの九州 教室の声に学ぶ会で語り合おう。こうやって続けることで互いがつながっていることを実感する。きょうの審査会もそう。つづけることは責任だ。もちろんやめるというのも大きな責任だけど,今の僕はすべてのことを続けたいと思っている。また,きょうの話に戻ってしまってる。
こっちが大分,あっちが鹿児島,僕は右手に進んで長崎。熊本は,,,熊本?そうそう,きょうは中尾の誕生日。いくつになったか。おめでとう。
またまた快挙
聖なる場所
きょうは上五島。
今里小学校。花ちゃん校長先生の小学校。ここは僕にとって聖なる場所のひとつ。
いい仕事ができた。とにかくこの小学校の先生たちが素敵だ。謙虚な前向き。それに尽きる。とにあかく素晴らしい職員室。教頭先生に支えが計り知れない。
そんな中,僕の働きが,ほんの少しだけ役立つことになったかもしれない。ほんの少しだけ。
はやく次の機会がほしい。次の授業が見たい。とにかく,この学校とかかわっていたい。
そんな気分の中、若松島に投宿。その前に,少しだけ島めぐり。
まずは猪ノ浦。
そして真手ノ浦。
とにかく、限りない幸せに包まれている。
翌朝,中ノ浦。午前6時。
この島が好きだ。
何度でも何度でも訪ねたい。だって,暮らしていたんだから,此処に。
だから,こんな時化だって平気。
さて,佐世保。快晴。
そして友と待ち合わせ。船酔いなしの身体に昼間の刺身が美味い。
神様,ありがとうございます。五島はいつまでも故郷です。
本の中にもう一人の僕が
月にいちど。一ヶ月のうちに動いた本を調える。それは,元通りの場所に戻すのではなく,次の一ヶ月を使いやすくするための並べ替え。年末に向けての一ヶ月は子どもと教室を見つめ直すための配置にするつもり。
と,隙間の時間を見つけては本の整理。はしごに上って書架の上のほうの本を降ろしたり順序を変えたりするここ数日。
それなのに,道草ばかり。
「志乃をつれて,深川へいった。」
「堂島川と土佐堀川がひとつになり,安治川と名を変えて大阪湾の一角に注ぎ込んでいく。」
「風は全くない。東の空に入道雲が,高く陽に輝いて,つくりつけたように動かない。」
「ある冷たい雨の降る秋の夕方,私は郊外のK駅のそばの古本屋に寄った。」
「久し振りのクラス会は,夕方には終わった。」
「ぼくは時々,世界中の電話という電話は,みんな母親という女性たちのお膝の上かなんかにのっているのじゃないかと思うことがある。」
すべて諳んじている。それなのに,わざわざそのページを開きたくなる。そして,「そうそう,あったあった。」とその行,その文字,そのページの黄ばみ具合を愛おしく感じている。
すうっと,そのときに戻れる。それは高田馬場近くの穴八幡宮の山桜の木の下。それは大阪環状線の橙色の電車の中。それは,大淀川の河川敷の日差しの下。それは,上五島の赤い屋根の教会の聖堂の椅子。道草はまだまだつづきそう。
きょう,僕は本の中で,もう一人の僕に会ってきた。
そんな気持ちよさに区切りをつけて,本来の本並べに戻る。
と,「ない,ない,見当たらない。」斎藤喜博全集の第1巻が見当たらない。研究室に置き忘れたに違いない。この第1巻こそが,年末に向けた学びのはじめになるはずなのに,それができない。
出鼻をくじかれたことを好都合に,僕はふたたび『忍ぶ川』。ふたたび柴田翔。
天草,この尊い地
島原半島,口之津の港が新しくなった。寅さんが座っていそうな以前のターミナルから,すっかり近代的な建物に変わった。以前はここでクリームパンを食べながら舟を待ったものだと,かつてを懐かしみながら,だけど,9ヶ月ぶりの天草に心おどらせている。
舟を下りてからはナビなど不要。懐かしさのあまり,風景を見ながらついゆっくり走ったり,あるいは少々急いだり,ぎこちないようなそうでないような運転でいつもの松屋さんに到着。
窓が開いている部屋がいつもの一番部屋。
午後の勉強会では,写真を撮ることも忘れるくらい学び浸った。
新しく配布された「熊本の学び推進プラン」の趣旨を間違えないように,だけど,この研究会が重ねてきた学びの軌跡を尊重しながら,「これからの天草の教室」に向けて,私たちの研究を重ねていく。
ということで,
【単元終了時の子どもの姿】の欄には,Bフレーズを働かせてAフレーズを育成した姿を,
【単元を通した学習課題】の欄には,Cフレーズの学びがいのある言語活動を,
【本単元で働かせる見方・考え方】の欄には,Cフレーズの属性を端的に示した上で,Aフレーズのキーワードと重なる扱う作品や題材の具体的な特徴とBフレーズの思考行為動詞を,
それぞれ記述すると,これまでの研究が活かされたものになるように思う。
ということで,翌16日。
各校から1名のみの参加という限定参加で開催された研修。天草のすべての学校からの参加。
70分+30分の僕の講演はどうだっただろう。手応えがなかったわけではないが,みなさんの日常に役立つものになりたいと思えば思うほど,自分の話が情けなくなる。それなのに,ありがたい謝辞。過分な謝辞,工夫された謝辞,「たつログ」まで引用してくださり,感謝ばかり。
口之津の港に戻ってきた頃にはすっかり日も落ち,この二日間の充実に満足している僕がいる。さあ,これから2時間ほどの運転。ひとつひとつを思い出しながら,次の天草の計画を立てる。
神様,きょうもありがとうございます。人とのつながりに感謝しています。朝の大江教会も静かな中に人の中に生きていることを思い起こさせてくださいました。
九州 教室の声に学ぶ会(熊本からのzoomの集い)
きょうはコラボ
神埼市立仁比山小学校の研究発表会。きょうは佐賀市教育委員会の西原宏一指導主事とコラボレーション。
見事に授業の事実を観察し,それを言語化しつつ新学習指導要領と重ねて語る西原指導主事。3年間,寄り添ってきた仁比山小学校への愛おしみが言葉にあふれている。本校の先生方もうれしかったに違いない。的確にほめる言葉は誇りを授ける。謙虚に指摘する言葉は勇気を届ける。それができる西原さんとはこれからも一緒に仕事を続けたい。
その指導助言に勢いと元気をもらった僕は,いつも以上のハイペースでこれまでの30年間の国語科研究を20分で語る。立松和平さんとのエピソード。岩崎京子さんとのこぼれ話。あまんきみこさんとのタクシーの中での四方山話。
そして,新学習指導要領の話。きょうの授業はジューシーなカツ。西原指導主事の話はシャキシャキの新鮮なレタス。そして僕の話は焼きたてのパン。サンドイッチにして参会者に届けた。
どうだっただろう。少しの手応えと次への謙遜。どうだっただろう,どうだっただろうと繰り返して帰路についた。
高速を降りたとき,目をうばわれた。
日本でいちばん美しいリンガーハット。
教会みたい。
神様,きょうもいちにちをありがとうございます。みなさんに役立つ仕事を西原さんと一緒にできたかもしれません。少しだけ,ほんの少しだけ。
キャンパス
区別したのはだれ?
きょうは5時に家を出て三浦町へ。そのあと,「朝めし よしだ屋」へ。
貝汁をすすりながら考えた。
グループを作るにしろ,課題を変えるにしろ,教師の仕事には区別することからはじまっていることがある。
しかし,区別したのは誰だろう。教師が作った「区別」を子どもはどう思っているのだろう。「そんなこと関係ないよ。僕は,あいつとやりたい。わたしはあの子と一緒がいい。つながっていたい。」って思っていないだろうか。教師の都合による区別は何のためなんだろう。
その区別は本当に効果的なんだろうか。
子どもが子どもとつながっていることに子どもは感謝しているんではないだろうか。そして,そのことをいつもそばで見ていてくださる教師に心を開いていくんではないだろうか。
僕はそんなそばにいる教師になりたかったのかもしれない。
今朝のあさりの貝殻は全部で17個。新記録達成だ。きょうもいいことありそう。
神様,きょうも一日をありがとうございます。
九州大会優勝
第04回 小さな集い in 長崎
長崎に集う
オリーブの枝を手に取って
「あたりまえ」にやる
大阪、八重の会。
「あたりまえ」にやってきたことで,みんなと話したいことを出し合いましょう。という梶田さんの声ではじまり,
ほな、これからも「あたりまえ」にやっていきましょう。という梶田さんの声で閉じたきょうの八重の会。
3時間半の会は、知的欲求が途切れることのない大きな川の流れのようだった。
会場の小学校の廊下にも普段の学びの軌跡。
きょうもまた、みんなが学ぶのにふさわしい価値ある実践が語られた。市平均を大きく下回っていた学校が、市平均より20点近く上回ったという報告も受けた。
僕は,点数に固執しない。だけど、「あたりまえ」のようにやってきた教師にとって、「あたりまえ」が間違っていなかったことを確かめる一つの手がかりにはなる。
子どもに「ちゃんとやろう。そうすればできるようになるから。」と言うのなら、私たちも「ちゃんとやろう。そうすれば伸ばすことができるんだから。」を続けよう。
別の会でのある中学校からの報告。
4クラスを2クラスずつ二人で3学年を担当。指導法が学年ごとで偏らない縦割りの担当性は、教員にはきついが複数の目で生徒を見ることができる点では好ましい。二人の教員は、密に話し合っていたわけではないが、これまで共有し合っていた指導法を行うことで、どの学年も安定した成績が続いた。
翌年、一人の教員が異動。
新しい教員がやってきた。これまでと同じように縦割りの担当。異動した教員の2クラスずつを担当。
担当時間割の説明を受けたあと、新しい教員は、「参考に」の言葉を添えて全単元のプリントを手渡された。「でも、先生の好きなようにやればいいから。」とも言われた。
年度末。二人の指導法の違いが数字に現れた。クラス平均で13点の差。吹奏楽部の担当をすることになった新しい教員の人気が数字に表れただけかもしれないが、翌年、その差は39点に開いた。
その学校は、縦割りの担当を横割りの担当にすることにした。学級数が減ったこともあり,新しい教員は2年と3年の担当になった。
間違った措置だ。生徒も親も気付いてる。もちろん職員室も気づいてるはずだ。いや、職員室はもっと早くに気づいていたはずだ。
「ちゃんとやろう。そうすれば伸ばすことができるんだから。」をあたりまえにやろう。
ということで,お土産が551。
この赤い袋を提げて帰るお父さんは,みんな幸せ。
二度目の新幹線
自動詞と他動詞,さりげなく自動詞。
グループでの話し合いは「始める」のか,「始まる」のか。
このことは,拙い論文で「学びを立ち上げる」のか,「学びが立ち上がる」のか,というテーマで論じたことがある。
もちろん「立ち上がる」である。
教師が一生懸命「立ち上げた」ところで,子どもはお客さんになるだけだ。といって,子どもの誰かが「立ち上げる」のも十分ではない。
うずうずするような,身体の中に「学びたい」があふれるような,「ほら!」「じゃあ!」って言葉が漏れ出てきそうな。そんなとき,学びが「立ち上がる」。
自動詞。
わざわざではなく,さりげなく。
さてと,今夜も美味しいお酒。気分を盛り上げるのではなく,気分が盛り上がる。さりげなく。
日帰りで京都
「とり八」でLINEグループをつくった。これが楽しい。
酔っていないのに,LINE以外はほとんど覚えていない。そもそも,僕は基本的に75パーセントの「こと」は忘れることにしている。
だけど,とり八が楽しかった「とき」だったのは忘れていない。75パーセントの「こと」は忘れてるけど。
だから,新幹線の中でスタンプを何度も見て,楽しかった「とき」を確かめている。そして,どのスタンプにしようかかなり真面目に考えている。
「離れ」で深呼吸
我が家の端に,「離れ」をつくりました。
古い児童文学の本を並べました。コロボックル,長くつ下のピッピ,おおどろぼうホッツェンプロッツ,大草原の小さな家,そして「ハイジ」。
僕は,その「離れ」ですうっと息を吸い込んで幸せを感じています。
そして,次の日曜日にはテラスにハンモックを吊そうとこっそりたくらんでいます。
神様,きょうも一日をありがとうございます。謙遜の中に生きていきます。
オリーブの枝で
きょう,中島神父様が自宅に来てくださった。オリーブの枝を持って祝福をくださった。
それだけ。
それだけだけど,恵みに満ちている。オリーブの枝からの水が、我が家にきらきらと舞う。
僕は感謝と救いの中に生きている。
ラジオで話すということ
While My Guitar Gently Weeps
とにかくカッコイイ。イントロからしびれる。明るい秋の日差しには似合わないから,夜を待ってステーキサンドにバーボン。
そろそろ
手を挙げて、指名されたら話す。
これ、そろそろやめませんか。
言いたいことがあったら手をあげなさい。
これ、やめませんか。
指名、意図指名。
そろそろ見直しませんか。
シンポジウム
以前からコンパクト・ライティングに興味がありました。言語活動を通した学習の成果を子どもに自覚化させたいからです。
そんな折,公益財団法人 理想教育財団の「はがき新聞用紙」に出会いました。これはかなり効果的な学習材だと直感しました。
使い続け,使う仲間と集い,使い続ける教室を応援し続け,効果が目に見えてきました。
学力テストを目安にするのは好きではありませんが,10ポイント以上あがることは珍しいことではありません。何より,子どもの学びの姿が自信に満ちているのです。子どものための「はがき新聞用紙」なのです。そんな成果をシンポジウム形式で紹介したいと考えています。
前略 仲間たち
九州 教室の声に学ぶ会 通信を送りました。
………………
彼岸花の色あせる野道は悲しいです。
寒さに向かうことを自覚させられます。
お元気ですか。
季節をまたぐ頃に次号をお送りしますとの約束を守ります。
通信を添付します。
10月1日に長崎県時津町立時津東小学校の校内研修に参加させてもらいました。
私たちの仲間,竹中奈月さんが担任をする1年生の授業です。
2時間目に授業を参観させていただき,
3時間目は月末に授業研究をされる浦川さんとの単元づくり。
4時間目に竹中さんと授業リフレクション。
給食をいただいて,ちょっと趣味の時間を過ごしてから東小学校をでました。
運転中に授業リフレクションを頭で言語化し,「よしっ,今だ!」というときにセブンイレブンの駐車場へ。
一気に書いたものをお送りします。
レイアウトの工夫と文章の調えはきょう(10月4日)しました。
楽しいです。仲間との研究が子どものためになっていると実感するのは。
感想を求めるものではありませんが,何か感じること考えることがあれば言語化してみて聞かせてください。
それをまた仲間にフィードバックすることも価値あることだと思いますし,何より,言語化することで自分の勉強になります。
日光の黄金
かえり咲き
友が来た
明後日の会
お待たせ,熊本の仲間が開催する「明後日の会」です。
http://kokugo-kumadaifuzokusho.blogspot.com/2020/09/blog-post_24.html
9月25日18時30分からです。僕はすでにうずうずしています(午前5時20分現在)!
ということで,今は19時46分。研究会の終了と同時に,少しだけ顔をのぞかせました。
on-lineだからこその利便性と,on-lineだからこその一方向性についての検討は必要だけど,このような研究会はもっともっとやっていくべきだと思いました。
作品研究は確かにおもしろい。だけど,子ども不在の作品研究よりも,子どもの姿の見える学習材研究でありたいと思っています。僕は。だから,大人の都合ではなく,8歳の子どもの学びに役立つ研究として「言葉による見方・考え方」がどのように働いているのか,どのようにすればその働きをもっと高めることができるのか,に興味があります。ストーリーを外して作品研究はあり得ないし,語用論的に詳細に見ることで多くの発見もありますが,「子どもはこの作品とどのように向き合うのだろうか」という問いから始めたいと思っています。
やっぱり,小学校の先生のままでいたいんだなあ僕は。
熊本の3人,おつかれさま。いい会に参加させていただきました。
鹿児島中央
金沢はおでん
今夜,せがれから数枚の写真が届いた。自分の誕生日の思い出に旅をしているらしい。
僕が30歳の頃から通っている馴染みのおでん屋。夜更けまで語り通した大将は数年前に先に逝ってしまった。以来,数えるほどしか行っていないけれど,今でもその出汁の香りと日榮の熱燗の味は忘れることはない。
車麩,日榮,はんぺん,どて焼き,日榮,
金時草,ばい貝,日榮,
日榮。
同じものを同じように同じ順番で並べているせがれ。大将が生きていたらきっと二人で僕のことを肴に飲んでいたに違いない。
僕が博士論文をまとめることができたのは多くの人に支えてもらったからだけど,この店の大将がいなかったら,と思うと申し訳ない気持ちと誇らしい気持ちが一緒にやってくる。大将の注いでくれる日榮に誓った根性がなければ完成には至らなかっただろう。
学位授与式の夜。自分のことのように喜んで僕の学位記を撫でてくれた大将の姿が今も鮮やかだ。
せがれも誕生日にいい店を選んだもんだ。たくさんの人につながる男になってほしい。
整理整頓
月に一度,歩いてきた道をノートに書き留めている。
これまで,何か書き忘れていると気になっていた。やっとそれに気がついた。ラジオだ。ラジオで話した軌跡を残していない。ということで,そのことをノートに書き足した。
今年の1月から2ヶ月に一度くらいのペースで声をかけてもらっている。ありがたいことだし,とっても勉強になることだし,何より楽しい。
ということで,
2020.01.20. 心も会話も晴れ晴れ講座「優しい言葉が優しさをつくる」
2020.03.16. 心も会話も晴れ晴れ講座「聞いてくれる人が聞きたいことを話そう」
2020.08.31. 心も会話も晴れ晴れ講座「コミュニケーション,まずはひらがなから」
残念ながら,5月と7月はなしになってしまったので,次は11月かなあ,と勝手に思っている。
だからきょうも行く
それがたとえ10人に満たないときでもかまわない。僕は行く。
教師たちとともに学ぶということは,新たな指導法を紹介することや足らない配慮点を指摘することだけではない。こんなふうにすればどうだろうと提案することや少しばかりの小言を残すことだけではない。
教師として一人でも成長できる術を自分で作り出せる力を授けること。
だから,箸の上げ下ろしは問わないけれど,時間を守ることや穴を空けないこと,ふさわしい言葉で伝え,文字で謝意を届けることなどもできるように顔を見ながら互いに優しくも厳しいあいだがらでいたい。
苦しいことや悲しいこと,辛いことや絶望のときもあるだろうけれど,そこに希望と光を見つけ出せるようになるのは,こういったことを共有できる仲間がいるからだと思っている。
僕はそんなみんなの仲間のひとりでいられることに感謝している。
だから,きょうも行く。
26日も行く。友にこれまでの8年間の感謝を伝えに行く。
9月の海に雨が降る
夜通しの雨が朝をつげる。9月の海に雨が降る。
南極にも上五島にもあたりまえを
実感
台風一過、そして停電ふつかめ
漆黒の闇。
地域一帯が山に沈んだようだ。星が降ってくる。聞こえるのは、波の音、潮騒、虫の声、葉擦れ、そしてランプの炎に揺らされる聖なる語り。
人はみんな、こうやって自然だけの中で祈り続けて来たんだろう。
日頃は音と声と情報が多すぎて神様の声が聞こえない。
30年ほど前にも同じような夜があった。星の数ほどのりんご落とした台風19号の夜。僕は上五島の小さな教会のそばの部屋で,やはり今みたいに自然の中に手を合わせていた。
今夜は神様の声が大きく聞こえる。黙っていてもひとりじゃないことに安心する。夜明けが待ち遠しいと感じるのではなく、朝がそこまで来てることを誇らしく思える。
僕はここにいる。ここで生きている。
神様、きょう一日をありがとうございます。
まとも
土曜日の国語教室
with。
そう。子どもの学びも教師の学びも止めてはいけない。だから,最大の配慮と最高の工夫を凝らして研究会が開かれた。開催校の校長先生,教職員の先生方に感謝し,僕たちは学びを深めた。この教師たちの学びが明日の子どもの授業の質を高めていくことは間違いない。
午前中に4授業。「単元びらき」を共通のテーマに個々の教員が準備に準備を重ねて今日の授業をつくりあげた。
「何ができるようになるか」から単元に導いた江里口大輔。
「学びがいのある言語活動に憧れを!」を子どもの中に芽生えさせた平田昌志。
「考えるということは比べてつなぐこと」を実感させた古賀太一朗。
自分のもっている力を見つめさせようと考えた松尾達也。
単元びらきの研究はおもしろい。バリエーションはまだまだひろがる。
そのあと,僕が感じた「この授業の意味と価値」をことばにして参会者に伝えた。
授業研究は,それぞれに言語化し,共有することが必要だ。すべての仲間と語り合いたい。
神様,きょうも一日をありがとうございます。
夏休み
指折り待ってた,夏休み♪
が,終わる8月31日。といってもそんなことは昭和の頃。今の日本はすっかり2学期がはじまっているようだ。
小学生の頃。本当に夏休みが楽しかった。7月になったら気分は夏休み。できの悪い通知表のこともまったく気にせず,三重の田舎に行って海と山と畑の中で過ごすことだけを待った。木に登ることも虫の世界に入り込むことも覚えた。2キロも3キロも泳げるようになっていたし,包丁を研いで魚を三枚におろすこともなんでもないようになっていた。知らない野菜はなかったし,野菜はまるごと食べることがいちばん美味しいことも語ることができた。ラジオ体操は好きじゃなかったけど,8キロ歩いて買いに行ったアイスキャンディーのソーダー味は今でも覚えている。
さてと,きょうは朝からラジオ出演。アナウンサーとのおしゃべりにわくわくする。オープニングは吉田拓郎さんの「夏休み」!
きょうのテーマは,
会話における「ひらがな」。
難しい熟語やひっぱってきた知識をしゃべるのも大事だし,楽しいことだけど,それらをつないだり包み込んだりする「ひらがな」がとっても大事。っていう話を1時間。アナウンサーと大いに盛り上がった。リスナーからのリアルタイムの質問にはちょっとだけどきどきするけれど,それも楽しい。
とりわけ「よ」と「ね」。「よ」は会話相手との情報の非共有,「ね」は共有。
行きつけの焼き鳥屋さんに友達を招待したとき,まずは「ここのぼんじり美味いですよ。」
すると相手は「本当ですね。ほんとっ,美味しいですね。」
続いて「皮はたれ焼きよりも塩焼きがいいんですよ。」
「あらあ,ほんと,塩とこうばしさが絶妙ですね。」
こんな感じ,情報が共有されていないときは「よ」,つまり,お知らせ。
それに対して,共有されたあとは「ね」。これは確認。
もちろん,そんな単純なものではないけれど,「ひらがな」は大事。
神様,きょうも楽しく働かせてくださってありがとうございます。謙遜のうちに生きていきます。
仲間の晴れの舞台
●国語科分科会の見所
①文部科学省視学官”大滝一登”先生のご講演&意見交換会
新学習指導要領改訂に直接関わられた大滝先生のお話を聞き、意見交換ができる貴重な機会です。新学習指導要領の方向性、改訂に込められた想いなどこの場でしか聞けない話が満載の会にします!午後からの開催ですので、校内研修の時間を本校研究発表会へ参加する時間に充てられている学校も多いようです。きっと各教科ごとに学びが深まる時間になるはずです。
しょせん,コンテンツなんだから
そろそろ,言語活動をどうしよう,という話からすすみたい。
しょせん,言語活動なんてコンテンツなんだから。
どんな言語活動なのかではなく,その言語活動で何ができるようになるかだ。その言語活動がどのような学びを実現するかだ。この言語活動がこの子どもの人生に何を創るかだ。
夏の贈り物
いっしょ!
僕が生まれる少し前からはじまった「おかあさんといっしょ」という番組が好きだったかどうか覚えていないけれど,「おかあさんといっしょ」という言葉は今でも大好きだ。
「お母さん」に限らない。僕は「いっしょ」が好きだ。
「一緒のものを持つ」とか,「一緒の服を着る」とかではない。
「どんなことでも一緒にやろう」とか,「いつまでも一緒だよ」ということだけでもない。
「一緒」
それは,国際青年年のALL TOGETHER NOWや,LIVE AID,We Are The Worldの影響によるのかもしれない。
1985年。その頃から僕は「一緒」を意識し続けているのかもしれない。だから,いまでも「仲間と一緒」,「みんな一緒」という言葉に弱い。
日本の国語が熊本につながっている
今,熊本大学教育学部附属小学校「夏の実践研修会」に参加している。zoomでの企画。熊本が日本中をつないでいる,
国語科の溝上さんや算数科の大林さんが「見方・考え方」について語ってる。「分かりやすい」。
10万円のものが10万1000円になったという例で,1パーセントという割合で見るか,1000円という量で見るか。「数学的な見方・考え方」なるほど!
社会科,理科,外国語からも「見方・考え方」の説明が続く。そんな中,14時48分,僕はこんなことを思い出しながら考えている。
国語科の「言葉による見方・考え方」をどう考えるか。その手がかりの一つは語彙。では,実際の教室においては,「言葉による見方・考え方」をはたらかせた結果として,どんな言葉が出てくるのか。
物語作品「ずうっと,ずっと,大すきだよ」でエルフは死んじゃう。悲しいお話だ。このお話を読んで感じたことを「悲しい」という形容詞で表すことはその通りだ。しかし,教師はここで「ほかにありませんか。」と声をかける。そうすると,「かわいそう」「せつない」「なみだがでてきそうで,もうどうにもならなくて,すぐにエルフのそばに行ってあげたくなる」などの声が出てくる。
「せつない」という言葉をつかった児童の「考えるという行為」はどのようなものだったのか。
「悲しい」と言った児童と,「切ない」と言った児童が「結果として表現した言葉」は異なる。では,その言葉にたどり着くまでの思考行為はどうだったのか。
その議論抜きで「言葉による見方・考え方」を語ることはできないだろう。作家論や作品論ではなく,「子ども論」である。「せつない」と語った児童が秀でているというわけではなく,といって「悲しい」が浅い思考の結果というわけでもない。
だけど,「せつない」のような「子どもらしくない言葉」や「つかいなれない言葉」,「洒落た言葉」が表舞台に取り上げられることは多い。
一方で,「なみだがでてきそうで,もうどうにもならなくて,すぐにエルフのそばに行ってあげたくなる」というような表現も教師たちに歓迎される。「子どもっぽい表現」も表舞台に取り上げられる傾向がある。
となると「悲しい」という形容詞による表現はどうなるか。
確かに,私たち教師は,安易に便利な言葉をつかって満足しているような姿や,手もちの言葉だけで表現を終えてしまう姿では満足しない。もっと考えてほしいと思ってしまう。だけど,子どもの頭の中をのぞいて見ることができない限り,考えなかったから「悲しい」なのか,考え抜いたから「悲しい」なのかは分からない。
「言葉による見方・考え方」を存分にはたらかせたなら「切ない」にたどり着くのだろうか。僕は,むしろ,「言葉による見方・考え方」をはたらかせ,これまでの学習をつないだなら,「悲しい」にたどり着くのではないかと思いはじめてる。表象を切り取り,それを抽象化したからこそ「悲しい」という代表的な(馴染みのある)形容詞にたどり着いてしまうように思う。
そう考えると,教師は,「悲しい」と「切ない」という,子どもから発せられた言葉の違いを理解の比較とするのではなく,「悲しい」にたどり着いた思考,「切ない」にたどり着いた思考の軌跡を言語化し,作品の合理的な文脈理解と重ねてそのように理解した子どもの思考を比較しなければならないだろう。もちろん,この「比較」とは,「評価」のことである。新学習指導要領の教科評価観には「言葉による見方・考え方」をどのようにはたらかせているかの検討が必要だろう。
と,zoomの画面を見ながら,僕はこんなことを綴っている。画面では中尾さんのコーディネートで各教科が絡み合って考えを深めている。中尾さんの背にある黒板に整理されたパネルも見事である(ちょっと準備万端すぎるかなという印象も感じつつ)。
中尾さんが「言語能力」という言葉をつかってまとめに入った。そして石井英真さん登場!のはず。
少し遅れて石井氏登場。いい話を聞かせてもらった。
それにしても,大いなる熱さを感じるシンポジウムだった。自分の教科の専門性の高い話を一般的な言語に置き換えて説明しようとされている姿を尊く思った。私たちはとかく「○○科研究」という肩書きを使って,自身の専門性に他を導こうとしがちだけど,私たちのいちばんの専門性は「子ども研究」であるはず。その矜持を忘れてはいけない。そんなことをふと思い出させてくれたこのシンポジウムに感謝している。とりわけ大林先生の研究観の組み立て方,その表現方法の巧みさの伸張に目を見張った(数年前からお話しさせていただくことがあったので,つい,懐かしさのあまり思い出してしまった)。
子ども研究を第一に,教室研究を第二に,そしてその基盤となる教科研究を丁寧に進めている熊本大学教育学部附属小学校,2月の研究発表会を楽しみにしている。明日,すぐには役立たないかもしれないけれど,明後日にきっと役立つ熊大附小の研究に大いに魅了されてしまっている。
そうそう,日本語で書いてある学習指導要領なのだから,必要以上に「難しいもの」と位置づけなくてもいいと思う。読めば分かる。「平易平明に編集してある学習指導要領」なのだからあまり多義多様に解釈しないほうがいいと思う。確かに心に残る名文ではないかもしれないが,学習指導要領を素直に解釈し,教室の事実に重ねて考えていくことが大切だろう。すべての子どもの幸せを実現する国語科であるためには,「学習指導要領と子どもと教室」を重ねて考えることが必要だ。
さて,この余韻の中で夕方の散歩♪
考え抜いたからこそ「悲しい」と口にする子どもが増えますように。「悲しい」という言葉をうんと見つめたから「悲しい」と伝えたんだし,だから「悲しくない」ことを愛する子どもがこの世界にあふれますように。
謙遜に生きる
中央線は僕の青春
急に東に向かわなければならなくなった。大阪での仕事を終えて僕が選んだ経路は中央線。木曽福島を通って,篠ノ井から塩田平を抜け,佐久へ。
木曽駒ヶ岳の頂を目指し,塩田の風に誘われ,別所温泉の湯に身体を預けた学生の頃。マリオネットの歌を口ずさみ,使い込んだwalk aboutのデイパックを片方の肩に掛けていた二十歳。これ以上の青春はないと思っていた。何度も通った信州木曽信濃。今回,僕はその信濃路を選んだ。
きょうは,いつもの四角い鞄にモレスキンを一冊とお気に入りの小説を一冊とパイン飴と黒い服と黒いネクタイを詰め込んで列車に乗った。
いいこと思いついたら書き込んで,車窓の景色とアルムの風を重ね,甘酸っぱいパインを口に感じながらの旅。
かなり遅めのお昼は懐かしのきしめん。
神様,きょうも一日をありがとうございます。
オリーブの枝を手に取って
75年という時間
望洋のめぐみ,大地のめぐみ。
かわるかわる,僕の授業
今年のオープンキャンパスはネット上で開催。アドミッションセンターが工夫を凝らし,素敵なサイトが完成した。大学の授業を動画で紹介するという企画もあり,僕も紹介のための動画を作ってみた。慣れない編集作業になんども諦めかけたけれど,なんとか完成。よかったら見てください。本当の授業はもっともっと丁寧で,そして感動的なんですよ(笑)
click→ https://youtu.be/__pN9LCvpcY (この動画は佐賀大学が設定した期限が過ぎたので非公開になったようです)
心配なことはと言えば,この動画を見た学生がこの授業を受けるのは2年後の4月。
僕の授業はまちがいなく進化している。今回の感染症が落ち着いたとしても,元に戻ることは絶対しない。これまでと同じ授業はしない。だから,この紹介動画は,昨年度までの授業の単なる「思い出アルバム」。
今年はまったく違うスタイルで行った。
さて,来年度からはどんなスタイルが求められるだろう。求められる前に,新しいスタイルをつくってやろう。学生が学び浸り,学校現場に役立ち,それぞれがカスタマイズできる授業。新時代の国語科授業力をつけることができる「大学の授業」をつくってやろう。
さて,大会第2日。
長崎代表の創成館高校が先制!タイムリーを打った球児の笑顔が眩しい。
夏休みにも学ぶ
さあ,みんなで自宅から参加しよう。zoomで学ぼう。
きっと熱い学びにふれることができるはず。
click→ http://kokugo-kumadaifuzokusho.blogspot.com/2020/08/blog-post.html
いいなあ,こんな研究会に参加したいと切実に思う。頼もしい熊大附小,いつも話題を提供してくれる熊大附小,一緒に研究しようと声をかけてくれるこの仲間に拍手!
みなさん,ぜひ,申し込みを(無料)!
甲子園球場はいつのときも
ちょっと感じが違うけれど、胸騒ぎの8月10日。
どの球児にも栄冠あれ!
夏の各県独自大会でてっぺんになった球児にも栄冠あれ!
ああ,甲子園の夏が懐かしい。いつもなら,と思ってしまう。
天を仰いで
絶好の機会を逃したわけではない。つらいことが続いているわけでもない。万事休す、で天を仰ぐのではない。
僕は、きょう、天を仰ぎに行こうと思ってる。「天を仰ぐ」。そう、まさに天を仰ぎに行ってくる。
8時15分。洋上でこの時間を迎えた。
夏の甲子園もなく、未だ慣れない今年からの距離感の中、75年目のこの日はあたりまえにやってきた。
心の準備も調えていないのにきょうがやってきた。
人として、この時間に何を思えばいいんだろう。何を誓えばいいんだろう。僕はそんな簡単なことも分からないまま、洋上で祈ることしかできない。
二等客室には誰もいない。
舟をおりる。見慣れた島。また帰ってきた。
きょうはじっとするためにここに来た。語りかけるために来た。声を聞くために来た。
それだけ。それだけなのにどうしてだろう,この満たされた気持ち。
お昼は馴染みの店でいつものちゃんぽん。
昼からも同じ。語りかけ,声を聞く。それだけが僕の日常を満たす。
帰りは教え子が駆けつけてくれた。
この男。絶対にいい奴。
神様,きょうもいちにちをありがとうございます。満たされた8月6日にただひたすらに感謝です。
ひさしぶり,球児!
さて,研究だ!
いちばん若いのは「特から定食」,次に若いのは「生姜焼き定食」,そして僕は「焼き鯖定食」。これはきょうのお昼。佐賀市立本庄小学校の研究計画の検討のあと,3人で食べに来た。久しぶりの会食にもちろんビールはない。しかも25分ほど。だけど,妙に安心感がある。
研究に浸ったあとだからか,いつもの仲間との時間だからか,安定した3人の心がうれしい。
さて,研究だ。えりぐ,昌志,このまま一気にやるぞ。
と言いつつ,夏休みも遊びたい。家の近場でというのがちょっと悲しいけど。今年限りにしよう。
おつかれさまでした。いい研究の予感です。
島のなごり
サッポロ★がやってきた
前略 正美兄
梅雨が明けようとする快晴の午後,我が家にサッポロ★がやってきました。兄の粋なはからいに,にやっとするばかりでなく,うるっときました。
思えば,東京の銀座だけではなく,博多天神の鶏皮から,帯広のインディアンカレー,高知のアイスクリンまで,正美兄とは飲み歩くというより語り合いながら一日を共にするという付き合いをさせていただきました。
美味い酒には佳き肴あり。
きょうも賑やかなおともが一緒です。
そう言えば,兄が撮ってくださった写真に肩に力の入った私はいません。
とりわけ,四万十川の沈下橋で兄が撮ってくださった一枚はこのweb siteを味あるものに仕立ててくれています。屋形船で昼の酒に笑い合った別の一枚は,ローマ教皇の手元にあります。
夏のはじめの一日を,北からの贈り物が爽やかにしつらえてくれました。
一緒に歩いた雪の幸福駅にも蝉が鳴きはじめる頃でしょう。
神様,きょうも一日をありがとうございます。遣わされた者として謙遜のうちに生きていきます。
青い空が僕のカテドラル
この島に戻ってきた
とにかく強い雨。一瞬の光はたちまち雨に消されてしまう。たたきつける雨。島の雨は容赦しない。
草一本,残していない石積み。手入れの丁寧さと積み方の美しさと積もうとしたひたむきさ,ここで祈りながら暮らすことを選んだ一途な思いに雨の音を忘れる。
今は聖堂には入れない。そんなことは当然だ。島の人の優しいまなざしから僕は拒まれていないことを感じるからこそ,それでも押しかけるように来たことを申し訳なく思いながら十字を切った。
さて,きょうはこの島の先生たちに会える。
そう,帰ってきた。校長先生も教頭先生も複式の担任の先生も養護教諭の先生もサポートの先生も事務の先生も,そして,子どもたちも覚えてくれている。「ただいま。」
僕は島に戻ってきた。そして,ゆったりと授業のことを語り合った。
僕はこの島が好きだ。本当に好きだ。
神様,ここに戻ることを導いてくださってありがとうございます。
五島,聖なる島に戻ってきた。











































































































































































