たつログ

ちょっとしたことを綴っておこう。モレスキンのノートとモンブランの万年筆、時々たつログ。

えとせとら

誕生日はいいもんだ

やっぱりクリスマスよりもお正月よりも高校野球の決勝戦よりも誕生日のほうがいい。きょうは久しぶりにお袋と長電話した。いつまでたっても「洋二!」と言われると甘えているなあと感じる。

そう,誕生日は甘えられるからいいのかもしれない。

まにあうかもしれない

ちゃんとすることが目標だったのに,最近,ちゃんとできていない気がする。大切なのは思い切ること,大切なのは捨て去ることってレコードが歌ってる。

ううん。もうすぐ日が変わろうとしているのに滅入った気分になるのはなぜだろう。

身の丈に合う

お袋から習ったことに「身の丈」がある。「身の丈に合う」というという言葉が好きだ。

ぼくは今,身の丈に合った生活をすることができていない。だから,なお,この言葉に引け目を感じてしまう。

憧れるのは・・・・・・,かっこいい,美しい,誠実,丁寧,普段着。いろんな言葉が出てくるけれど,やはり最後は「身の丈に合う」に落ち着く。

身の丈,それは決して176.5㎝ということではない。

なかま

仲間っていいもんだ。

きょうは気分のいいビールを仲間と飲んだ。終電まで。

何を話すか分かっているけれど声を聞きたい。何を話すか分かっているだろうけど聞いてくれる。それが仲間。そして,心にぐっとくる声を残してくれる。

仲間っていいもんだ。午前0時の駅前の道を仲間たちの靴音が響く。その音を僕はずっと聞いていたいと思った。

残念賞

感情的にならない「残念」をはじめて経験した。怒りとか憤りとかじゃなくて残念。

本当の「残念」は冷静をつくることもはじめて知った。あきらめとかなげやりとかではなく冷静。

こんなとき,仲間がいてくれたらなあって思う。そして,その仲間がいてくれるにちがいないって思ってる。そしてそして,僕もその仲間の仲間になりたいって思いはじめてる。

淡路島のたまねぎ

-淡路島の新玉ねぎの美味しい食べ方-

断然,生のサラダがおススメ!!!!!うすーくスライスし,みずにさらさずそのまま!!冷蔵庫で30分ほど寝かせてからお召し上がりください。みずみずしい分,保存性は良くないので,涼しいところで保存し,お早めにお召し上がりください。

というチラシと一緒に淡路島から新玉ねぎが届いた。チラシのとおりにして食べた,チラシの言うとおり,いや,それ以上に美味しかった。どれくらい美味しいかって言うと,誰かに食べてごらんってあげるんじゃなくて,全部,自分で食べたくなるくらい。

でも,みんなに言いふらしている。こんなに美味しい玉ねぎはありませんよ,って。

えみさん。ありがと。僕の身体はさらさらになりましたよ。

なつかしい友

10年以上も前に教室で熱く語った友からのメール。

「お電話をさせていただきたいのですが,何時ごろがよろしいでしょうか。」

何,他人行儀なんだよお!って,ぼくから電話。

10年なんて一気に戻れる。あの頃,あまんきみこさんの作品の研究をしていて,よく分からなくなってあまんきみこさんに電話してたずねたことがあった。後日,あまんきみこさんとご一緒した機会にふたりそろってサインをもらって子どもみたいにはしゃいでた。

今年の夏の予定。校長先生になった友となぜか教授になっちゃった僕との再会。

「どんなリクエストでも出してください。上手くおこたえできるかどうかわかんないけど,リクエストには《yes》か《はい》しか言いませんから。」

そして,こんな縁をさりげなく作ってくださった,これまた大切な大切な友に「ありがとうございます」を届けます。

研究に浸る三日間

小学校全教科等に特別活動や外国語活動なども含めた12教科等の理論と実践にふれた三日間だった。小学校の教師をしていた毎日にふっと帰る三日間だった。そして改めて,教室を,学校を,子どもとの毎日を創造している先生方がなんと大きいことか,と思い知った。

教科という輪切りがいい意味ではたらくのはいい。教科というコンテンツがひとつの入り口として存在するのならいい。だけど,明日の子どもに必要なのは,大人の都合の輪切りではなく,教える都合の入り口ではないはず。大きな全体であり,切り拓く出口であるはず。

この小学校にかかわれてよかったなあ,と帰り道。緑の風が五月も半ばになったよと教えてくれた。

子どもの日,ありがとう。

子どもの日は鯉のぼりを高くあげていつまでもいつまでも空を見ている。いろんなことを考えているようで,何も思っていないようで,幸せにあふれているようで,少しだけせつないようで。

2016 05 05 02

生きているってすてきだなあと感じ入りながら,人の中で育っていってほしいなあとつぶやいて,子どもにかかわれる仕事ができてありがとうございましたって,きょうもいい日でした。

2016 05 05 01

子どもの日,ありがとう。

学術的研究ができること

所属している「社会言語科学会」からメールが届いた。

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「熊本支援方言プロジェクト」(協力団体:筑紫日本語学研究会・九州方言研究会・福岡女学院大学人文学部メディア・コミュニケーション学科・医療看護福祉と方言研究チーム)では、熊本方言支援ツールを公開しています。
http://www.fukujo.ac.jp/university/other/hougenpjt.html

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ぼくは,この学会の会員であることを誇り高く思った。

ことしの夏の一枚のTシャツ

毎年,夏が来る前に「ことしの夏の一枚のTシャツ」をさがす。ぼくの引き出しにはよれよれになった過去の一枚がずらりと並んでる。

きょうは今年の一枚をインターネットで買った。カートに入れてからカードの番号を入力するまでずいぶん時間がかかった。それは材質の種類に迷ったことと贅沢な値段に躊躇したこと,買おうと思ったら「ただいま混み合っています」の表示に待たされたこと,なにより似合うかなあと心配になったことが重なったから。

ひと夏。ほぼその一枚で過ごすわけだから覚悟がいる。それで出かけることにもなるし,それでお客を迎えることにもなる。それでカヤックに乗り,それで包丁を持つことになる。洗濯のタイミングによればそれがパジャマになることもある。

結局,背中に78という数字の入った白いシャツに決めた。好きな数字を選ぶことができたこともあり直前でまた迷った。21がよかったかな。18というのもいい。25もかっこいいかな。もう注文しちゃったのに,今さらながら自分の背中に似合う番号をいろいろ変えてみては想像してる。

東京と大阪

二日前に東京で開いた研究会。同じ協議題できょうは大阪。同じような人数のメンバーで,同じ司会者,そしてぼくも友人も同じように参加した。大きな成果を得ることができたのも同じ。だけどその過程は全然違う。こんなことって,あたりまえなんだろうけれど,東と西の二回の研究会に連続して参加できたことがなんだかうれしいなと思いながらの帰りの新幹線。

雨の中のビール

試合前から降っていた雨がやむことはなかったけれど,ぼくは濡れながら3杯のビールを楽しんだ。その球場オリジナルのビール,男は黙ってサッポロビール,スーパードライ。試合もまさにそんな感じ。2点リードはオリジナル,逆転されて黙ってしまい,最後はキレののあるスライダーにきりきり舞いにされた。

だけど,楽しい時間だった。ひいきのチームのユニホームを着て,選手の応援歌を歌いながら,語り続けた3時間。

勝ちゲームならビールの杯はもっと増えるはず。

時の流れの便り

「長崎はだいじょうぶでしたか。」便りが届いた。「うん,だいじょうぶ。」とうなずいた。

「きっと近しいたくさんの方がおたずねだろうと思ってひかえていました。」メールでことばを綴る指が見えるようだ。「ううん,ありがとう。」と言ってみた。

小学校のとき,ともだち100人作りたいと思っていた。おとなになるまでには100人じゃたりないくらいのともだちに包まれたと思ってる。ともだち何人かなって指を折って数えやしないけど,ぼくは今のつながり、このつながりをずっと大事にしたい。

ジョバンニが牛乳瓶をもって走り出したみたいに,ぼくも「元気です!」ってかけ出したくなった。

がぶがぶ飲む仲間

「ビールでもどうですか」とのうれしい誘いに,「土曜日はがぶがぶ飲みましょう」,とメールを届けた。メールが届いたかどうかと思う間もなく,「はい!がぶ飲みします!」が届いた。

約束通り,ぼくたちはがぶがぶ飲んだ。造りにも焼き鳥にも鉄板焼きにもほとんど手を付けることなく、ただただがぶがぶ飲んだ。

でもちっとも酔わない。駅の階段だって一段飛ばしで駆け上がれた。それくらいいい時間だった。

がぶ飲みの後輩は,颯爽と駅ホームへ駆け上がっていく,でもちょっと足下の心配な50代をひやひやしながらいつまでも改札で見送ってくれていた。またがぶがぶ行きましょう。

さあ,これからだよ

大学時代の友が小学校の校長先生になったとの報せを聞いた。あいつが校長先生かと熱くなる。きっと正門に立ち子どもに届く笑顔で迎え,全校朝会でしなやかに話し,二度も三度も読みたくなる文を学校通信に綴り,職員室をかけがえなない談話室にするんだろう。

直接ことばを届けなきゃ,と電話をした。

「申し訳ございません,校長はただいま授業を見るために校内を歩いています。」という教頭先生の声。やっぱり。ひと安心。

まさふみ校長,さあ,これからだよ。

教室の事実を聞いてもらえるなら

これまで続けてきた授業実践をふり返ると,ひとまとまりの足跡が見える。それは何らかの理論に支えられたものというものではない。整理された考えの下に計画されたものでもない。ただひたすらに続けてきた結果としての集合体である。そのときの流行に惑わされかけたときもある。何人もの先輩を真似して自分を失いかけたこともある。だけど,そんな思いに負けてなるものかと,自分の思うことをただひたすらに続けてきた。それがよかったと思っているし,それが今を作っている。

子どもに恥をかかせない。子どもが自ら動き出す。子どもが自らふり返る。自分が他人にとって価値ある他人になる。声を届け声を受け止め声を共有する。人の中で育つ。

これらのことは外せないと続けてきた。今,ぼくはそんなことを自分なりにまとめて語り始めている。20年と少しの経験だけど,教室の事実として語り続けたいと思っている。聞いてくれる人がいる限り語るのをやめないでおこうと思っている。

いまのところちゃんとしてる

学外だけど本年度はじめての授業。「ダイコンは大きな根?」の話の運び方と書き方を詳しく見る。

段落内部の構成,段落間の関係、段落の役割,接続,題名,文末。そんなことが全部一緒になって「あっ,そうか」が生まれるように思う。ぶつ切りの知識は案外使いものにならないことが多い。

だけどくたびれた。授業を運ぶための体内時計のねじを巻かなきゃ。

この単元びらきのためにかなり時間をつかった。プリントを何度も修正した。だからかどうかは分からないけれど,「論理的って分かりやすいってことですね。」っていう感想が出てきた。続いて「論理的って伝わるってことですね。」って聞こえた。僕はうれしくなって「論理的ってコミュニケーション上手」って語って授業を終えた。

帰り道,けっこうくたびれたけど気持ちいいスタートだなって窓を開けたくなった。

うん,いまのところ、ちゃんとしてる。

ひらく

学級びらき,教科の授業びらき,単元びらき,この時期は「ひらく」ことにわくわくしてる。このことは大学で教えるようになってもかわらない。

小学生や中学生を教えていたころは,とりわけ「ひらく」ことを丁寧にしていた。学習の進め方をてびきすることはもちろんだが、「国語教室」にすっと入ってきて,しんと浸って、そっと力をつけ,ずっと学び続けられる教室になるようにと願っていたのを覚えてる。

そんなことを見事に綴っている文書にであった。「教育科学 国語教育」4月号の編集後記だ。林知里さんが綴られた文書。教師として凛となる名文だと思う。

春がきたからちゃんとする

本年度の目標は,「ちゃんとする」。

これまでちゃんとしていなかったわけではないけど,この春は「ちゃんとする」という気持ちが強い。ちゃんと仕事をすることはずっとやってきたから,これからは,もっと,ちゃんと研究して,ちゃんと聞いて話して,ちゃんと手紙を書くことを心がけようっと。もちろん,ちゃんとお酒を飲んで,ちゃんと遊んで,ちゃんと旅して,ちゃんと暮らさなきゃ。もっともっと,ちゃんと楽しもうっと。

そうそう,拓郎さん,70歳,おめでとうございます。

3月31日

「さいご」って好きじゃない。この「さいご」が次の「さいしょ」の一つ手前であることは知っているけど,「さいご」は好きじゃない。

「ほな行ってくる」って,かっこつけて行っておいで。ふり返らずに行っておいで。

 

固きカラーに擦れし咽喉輪のくれなゐのさらばとは永久に男のことば 塚本邦雄

卒業式

担任でもないのに,勤務している学校でもないのに,もちろん保護者でもないのに,こんなに間近で卒業式にふれた。卒業生の全員の瞳を見ることができた。全員の声を聞いた。

ほんとうに素晴らしい卒業式だった。いのちが巣立つというのは,それだけで凜とした美しさがある。ぼくはその瞬間に居た。そのことがとても貴いことだと思った。

いい日旅立ち

春不遠。と声に出していたら,春が来た。春が来たら旅立ちの日が来る。いい日旅立ちって,あんがいさみしいものだ,という気がする。

金沢

サンダーバードを降りたとたん心が緩む。新幹線がつながったため,風景はずいぶんとかわったけれど,空気は同じ。白山からの風が僕を包んでくれる。

30年,通ったおでん屋の暖簾。ひょいとくぐると此処にも僕を包んでくれる灯りがある。ふかしと車麩に日榮の熱燗をコップで少々。

昼間に語りあった同志との声を繰り返しているといつもより酔ってしまった。

旅,授業,酒。こんな贅沢な金沢は僕のふるさとのひとつ。

長崎で学ぶ

ぼくの教師のはじまりは長崎。そして,今の暮らしも長崎。そして,長崎は学びの場でもある。長崎大学の凜とした空気の中でぼくたちの研究会がはじまる。

静かな声が重なるこの時間が好きだ。長崎の時間にはいつも色がある。

ひとつの区切り

教育学研究科,達富ゼミ最後の院生の論文審査とそれに先だって行われた研究発表。

彼女とのゼミはかけがえのない時間であったことを再確認した研究発表だった。ぼくのわずかな言葉をしっかりととどめている記録。ぼくの偶然のひらめきをきちんと再現できる記憶。ぼくの小さな指導をこれほどにって思うくらいしなやかに紡ぐ創造性。その集大成であるこの研究論文は彼女にとってできあがって当然のできばえなのだろうが,ぼくの指導計画を遙かにこえる秀逸なものだった。

できあがっておめでとう,よりも,ありがとうを贈りたい。

祥月命日-酒のみともだち

友と別れた2月。

今晩あたりに息をひきとりそうです。先生には伝えとかんばと思いまして。」「本当の話か?あの人は死なんよ。死なせたらあかん。」「うん!昨日からなかなか死なん。本当強い!」「死なさんといてくれ。」「了解しました。」「復活させてくれ。」「さっき焼酎飲みました!1ヶ月ぶりに!しあわせそうにみえました!焼酎を命の水って言ってたから復活するよ。」「いい話。復活を心から応援し、心から信じています。たのむ。」「最後にセブンも間に合って,焼酎も飲んで 7人の子供に囲まれて,幸せそうでした。」「ありがとう。みんなが落ち着いたら海に酒でもまきに行くよ。かあちゃんを大事にしてやってくれ。はなえも心が痛いだろうから守ってやってくれ。あいつの披露宴で《大好きな親友の犬塚虎夫》と言ってやったことくらいが孝行だったかな。夏に高校野球を見ながら一緒に飲めたのがうれしくも懐かしくも悲しいよ。しん、親戚連中をまもってやってくれ。犬塚虎夫、バンザイ!」「バンザイ!先生の事話したら嬉しそうに…うなずきよった!また飲みたそうに!」

そう,ナレーターの松平健も「虎さんの飲みともだち」って言ってた。飲みともだちなんだよ。でも,まだまだ飲み足らんよ。飲み足らんよ,まだまだ。

こうなったら,三人分,生きてやる。

祥月命日-愚弟より

「家族の方ですか。親族の方ですか。」スタッフステーションでそう問われた。「いえ友人です。」とこたえた。「お友だちですね。案内します。」僕はもうそれだけで満足だった。この病院がとてもやさしいものに感じた。友を独りぼっちでさせていることのやりきれなさが少し薄らいだ。

薄いピンクのカーペットまでもがあたたかな空気を作っている。この上を行ったり来たりしているドクターも知った人のような気がする。ふるさとの駅に立ったときの感じに似ていると思った時に423号室にたどり着いた。

帰り道。タクシーの運転手が聞いた。「お見舞いですか。」「ええ。」友のやせた顔が頭から離れず簡単にやりすごした。「お帰りのお客様はふつうは岸和田駅へお供するのですが府中ですか。どちらまでですか。」「ええ京都までなんです。」「いいお友だちなんですね。」そうだ。そうなんだ。僕がいい友だちではなく友がぼくのいい友だちなんだ。

西村隆司。ぼくは西村さんの永遠の愚弟でいたい。二人分,生きるから。

教室に学ぶ

いい授業だった。ひとつの飾りもないいい授業だった。等身大。普段着。平易平明。いい授業とはこういう授業を言う。子どもが飾らない。教師は丁寧に運ぶ。子どもは譲らない。教師は丁寧にてびきする。子どもは前を向く。教師は背中をそっと押す。明日につながる授業とはこういう授業を言う。

参会者の大人にうまく伝えられないならその力を鍛える。うまくまとめられないなら材料を吟味する。使った言葉が難しすぎたなら,ひいてきた言葉がこなれていないなら,もっと勉強する。その覚悟はあるし,それはしなければならないと分かっている。そのことは大事だ。でも,それだけのことだ。だけど,もっと大事なことがある。大事なことを見事にやりきった事実がここにある。

大事なこと,それは子どもへの授業。子どもとの授業。明日をつくる授業。未来を生きる授業。子どもの授業だ。

ひとつひとつの教えることを丁寧にしていることが美しい。一人一人の子どもと誠実に向かいあっていることが尊い。

いい授業だった。申し分のない授業だった。ひとつ誤算があったとすれば,子どもの大きな可能性を少しだけ小さく見積もってしまったこと。それほど,3年生と4年生の子どもは大きく育っていた。

いい授業だった。そのことを僕は僕の言葉で残しておきたいと思った。

その夜の乾杯は気持ちよかった。午前2時の街は,授業人をやさしく包んでくれていた。

単元びらき

授業をした。京都府城陽市の6年生との時間。単元は「できごとと会話文を関係づけて,「ひと」発表会をしよう。」。学習課題は,「「命シリーズ」の登場人物の関係やそれについての自分の考えを、物語のできごとと会話文を関係づけて、新聞の人物紹介欄のように書く。」。

この歳になると,心地いい緊張感はあるけれど,変な緊張はしない。等身大の授業しかできないことを知っているからなのか,普段着の心地よさを覚えてしまったのか。決して慣れてしまったわけではない,軽く考えていることなどあるはずない。心地よい緊張感の中で,この日を楽しみにしてた。

12時16分京都駅着,12時56分城陽駅着。

31人とは授業開始前のわずかな時間に顔合わせをした。僕の五島列島での思い出ばなし。慎太郎という男の子との海でのエピソードだ。予定していた15分間の顔合わせ。エピソードの内容がまさに盛り上がってきた瞬間に15分経過。「ええっ,続き聞きたい!」という声を残しておしまい。

授業はステージ上の教室。マイクのセッティングやビデオ撮影のチェックを済ませたときには,子どもも31の席に座っていた。何人かが「先生,さっきの続きは?」とつぶやいている。「そうですね。じゃあ,さっきの話の続きをしましょう。ところで,さっきの話の登場人物は誰ですか。」

期待していた通り,子どもの声からの導入を経て,ドラえもんの非連続テキストと会話文を使い,海の命へ。予定通り,なんていう陳腐な言葉はあてはまらない。だって、授業は教師の都合ではないから。だからこそ、子どもたちの学ぶ意識の流れがつくる方向を見間違っていなかったことに安堵した。授業技術はずいぶん錆びてしまっただろうけれど,あの頃にはできなかった子どもの声の聞き方はできつつあるかもしれない。

2016 01 29 城陽

授業人として,こういう授業ライブは何よりも楽しい。そして,学べる瞬間だ。子どものと真剣な時間。わたしの授業を参観してくださる300名を越える先生方の瞳。授業後の数々の声。どれもに真摯に向き合いたい。

2016 01 29 城陽02

単元びらきは,教師の発話が多くなる。子どもはグループで話し合うことばかりで,全体で発表することが少なくなることがある。しかし,それは子どもが考えていないのでない。深い学習が静かに始まるときはこういうものだ。今,まさに単元がはじまろうとしている。そんな単元びらきの1時間だった。

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このような機会を与えてくださった城陽市教育委員会の方々に感謝しています。そして,6年生の子どもたち。この時間を単元のはじめとして,単元学習を進めていくそうですね。ぜひ大きな学びの中で力を発揮してください。担任の先生,よろしくお願いします。

滋賀の教室

指月会のひとり,あやさんの授業を見せてもらった。子どもとの距離がいい。とても近いのに,授業中はその近さに甘えていない。距離感とは授業の自律性と関係があるように思う。

お昼は教室で給食をいただいた。子どもに囲まれて食べるのは久しぶりだ。牛乳のストローの袋の開け方。何気なくしているのを子どもはじっと見ていたらしい。「たつとみ先生,よくしっていますね。」「うん,ずっと教室で食べていたからね。」

そう,ぼくは教室で生きていたんだ。

そんな懐かしい時間に身を置くことができた滋賀の教室だった。ありがとね。

東京で話すこと

今日は東京での教育フォーラム。本や新聞で有名な人がずらりと並ぶいちばん端っこにぼくがいる。こんなところに来るんじゃなかった。って,確か去年のこの会でも思ったはず。だけどまた来ちゃったのはなぜだろう。たくろうさんと一緒に仕事をしたいから,ってわかってるんだけど,やっぱり来なけりゃよかった。

持ち時間は20分。その後はシンポジウム。

何を話したんだろう,って振り返ったとき,新幹線は品川を出た。九州は大雪らしい。倅はスキー板を出して滑ってるらしい。ぼくは東京よりも長崎が似合っていると思ってる。

銀座で歌う

久しぶりに歌った。といっても少しだけ。師匠であり,大親友であり,ライバルのたくろうさんと歌った。まずは,一緒に「津軽海峡冬景色」,その次は「長崎の鐘」を独りで。たくろうさんは「島唄」を熱唱。

どうしてこんなに楽しいんだろう。隣には群馬の友がいる。北海道の友がいる。大阪の友がいる。ここには人をつらくする言葉なんかない。心と心,きのうとあしたをつなぐ言葉がある。だからなにも怖がらなくてもいいし,なにも遠慮しなくてもいい。こんな時間がずっと続けばいいのに。

ぼくは本当に本当にそう思って午前o時の銀座を歩いて帰った。歌いそびれた森田公一とトップギャランの歌を口ずさみながら♪

雉がトラックで飛んできた

丹後の鉄砲打ちから雉が宅急便で届いた。

重たい紅色の身と柔らかい琵琶色の身だ。雉の味噌鍋にして喰うことにした。地元の根菜と京都の豆腐を入れて自家製の味噌を信楽の土鍋で煮る。

美味いとかどうとかじゃない。絶品だ。僕は股の骨のまわりについている堅い肉をちぎりながら喰うことに専念する。ひと噛みに焼酎ひと口。汁のからんだ豆腐ひと切れに焼酎ひと口。目の前に積み上がった雉の細くて堅い骨の山を片付けることにはしたたかに酔ってしまった。

ああ風流,ひとつ俳句でもと,思ってもことばが出てこない。それなら誰かの雉の俳句をと思っても思い出せない。酔いのせいだと,酔い覚ましにとご飯にかけた鍋の汁に紛れた豆腐を揺れる箸で追いかけているうちにどうにかこうにか子規の俳句をひとつ思い出した。

豆腐屋の豆腐を崩す雉の声

ゆうべ,雉が京都の豆腐やの屋根にとまっている夢を見て目が覚めた。奴は長屋の豆腐屋に向かって「ケーンケーン」とやっている。翻訳するなら「味噌鍋にするなよ!」だろうか「飲み過ぎるなよ!」だろうか。朝は残り汁に白菜を入れて味噌汁代わり。雉まるごとたいらげた。ここまで喰ったら雉も満足だろう。朝から身体が火照る。

週末に鉄砲打ちに礼状を書こう。どんな品を添えて送り返そうか思案中。

手加減

せがれとキャッチボールをした。まちがいなく僕よりも速い球を投げている。嫌な曲がり方をする変化球も織り交ぜている。受けられないのは年老いた握力低下のせいだと,僕は言っているけれど,本当はちょっとした動きの遅れのせいだ。若干,せがれのスピードについて行けなくなってきている。

100球ほど投げるとようやくこちらの身体が温まってくる。しかし息も上がってくる。

遠投をしようというせがれは60メートルでも70メートルでもへっちゃらな顔をして投げている。僕はと言えば40メートルを越えるとずいぶんと山なりになる。投げているというより,どうにかこうにか届かせているという感じだ。

確か,せがれが中学校までは,手加減をしていたのはこっちだった。いつからだろう,手加減が逆になったのは。

夕方5時の鐘がなる。

「球,速くなったなあ。肩,強くなったなあ。」しびれた左手で痛くなった右肩をさすりながら肩で息している僕は,少し前を歩くせがれのがっちりした背中を見つめてはやく一緒に酒を飲みたいものだと思った。こっちはしばらく手加減してやれるはず。

FOREVER YOUNG

1月9日 朝日新聞 「折々のことば」/「お父さんというのは役割で,一生懸命お父さんをやっているけど,だからって大人だということじゃないんだから」串田和美の母

そうなん?そうそう,そうやん!

安心したというか,共感したというか,鷲田清一さん,よく知っているねえって感じ。昨日,長崎から帰ったのが午後3時頃。それからやったことと言えば。

魚屋さん,アジゴ,一夜干し,アジの頭とわた,カニ籠,シーカヤック,ワタリガニ,薪割り,木っ端,焚き火,ストーブの掃除,柴の散歩,キャッチボール,石並べ,焚き付け,温泉,おしゃべり,天津包子の餃子,おしゃべり,ビール,なめろう,おしゃべり,伊佐錦,新聞の切り抜き,朝の散歩,おしゃべり,一夜干しで朝食,おしゃべり,薪割り

お父さんしているのかいないのかはわからないけど,大人していない気がする。

これからはじまる物語

きょうは8時過ぎに家を出て長崎大学に向かった。長崎での研究会がはじまる記念すべき日だ。気温10度にもならない朝の国道。窓を開けて走るのが気持ちいい。気が引き締まる。

これからはじまる物語に胸が弾む。みんなどんな顔して集まってくるんだろう。「こんにちは」がぎこちないのは今日だけ。次回からは,「よおっ,元気?」って感じになるに違いない。

「はじめまして」から,気がつけば2時間40分が過ぎていた。言いようのない充実した時間を共有できた気分。

2月の予定と3月の予定と,できればお酒の予定を,と,とんとん拍子。

帰り道。さだまさしさんと一緒になったこともあるうどん屋さんを出て,琴海町を抜けた辺りから大村湾の三角の波がきらきらと光り出した。気温11度の国道は来たときよりもずっと気持ちいい。

きょうからはじまった物語にぼくは存分に満足している。

しごとはじめは読み初め

ひさしぶりの研究室。暮れに鍵をして帰ったときと何一つ変わっていないのに何かが新しい。本棚に片付けず,木製の大きな机の上に置きっ放しにしておいた一冊の本が今にも動き出しそうだ。

そう,今年はこの本から読み始めるつもり。

窓をぜんぶ開けて,薬師寺の香を焚いて,モンブランの太い万年筆にインクを入れて,紀伊國屋の原稿用紙に新年の抱負を書いて,一保堂のお茶をいただいて,書いたものを読み直して,それから,今年の読み初め。毎年のきまりごと。この読み初めが今年をつくる。

読み初めの本の題名は誰にもひみつ。

三浦町の教会

静かで凜とした空気の中で,あたたかい心を見つめて新年を迎えました。ありがとうございます,って。

お正月

今年も佳い年でありますように。健康でありますように。みんなの夢が叶いますように。

それだけ。それだけでいいのがお正月。

クリスマスの夜,声の共有

クリスマスイブの夜。暗くなってから研究室を出た。最後まで大切なことばのやりとりをして今年の仕事を終えた。僕の仕事は「声」をあずかって,「声」を届けること。「声」を共有すること。

神は僕の声を聞いてくださっているのだろうか。神は僕にどんな声を届けてくださっているだろうか。不届きな僕は声を共有できないでいる。

僕は誰の声を聞くことができているのだろう。僕の声は誰に届いているのだろう。僕が共有できているのはどんな声なんだろう。

クリスマスイブの夜は少ししんみりする。少しわくわくする。そして少し静かになって,そして。

何年くらい前だったろう。その頃は,新幹線がクリスマスを届けてくれていた。日本中にクリスマスを運ぶのはトナカイじゃなくて新幹線だった。すてきな音楽と一緒に。僕の車はJR東海の新幹線みたいに速く走れないけれど,この車にたくさんの声を詰め込んで,九州中を走りたいなあ。サンタさんのプレゼントみたいにステキじゃないけれど,誰かに声を届けたいなあ。声があたたかければもっといいなあ。そんなこと思いながらきらら坂を走ってる。

来年のクリスマスイブまで,共有できる声が僕のからだに生まれるといいなあ。そんなこと願いながらひとりぼっちの国道を走っている。

石油ストーブ

年の瀬。

石油ストーブのにおいがすると「喝采」を聴きたくなる。「ブルーライトヨコハマ」をくちずさむ割烹着姿の母を思い出す。父の鼻歌は「ブルー・シャトウ」。兄貴は「また逢う日まで」好きだったし,正雄のおじちゃんは「北国の春」しか歌わない。

きょうは朝から雨。こんな日は「北の宿」か,「雨の慕情」か。日が暮れたら「勝手にしやがれ」でも弾きながらバーボンにしようかな,って思いながらアラジンのブルーフレームの丸窓の向こうの青い火を眺めてる。

友と語れば

まさか本当に暮らすことになるとは、まさか本当に働くことになるとは、と言いつつ、この地に棲みこの地を通った3年間。人見知りな僕にも大切な人がたくさんできた。

僕が何かをしたということではなく、僕を受け入れてくれたこの方々をあえて友と呼びたいなあ。

今夜はその友の二人と焼き鳥。

同じ世代の一人と少し若いもう一人。年忘れの会というほどでもないけど、皮もつくねもレバーも美味い。生ビールも芋焼酎も美味い。何より出会ってからきょうまでの時間が美味い。この距離が尊い。

いいもんだ、飲みながら語るって。いいもんだ、笑いながら飲むって。いいもんだ、またねって言う「またね」が必ず来るって。いいもんだ、友を感じられるって。

黒いパーカーを着て国語の授業

本年度,後期の初等国語科教育法Ⅱの11回目が終わった。いつもの黒いパーカーを着て1号館の階段を上る。「きょうで11回目かあ」と,休講なしの授業計画にほんの少し満足してるのもほんとう。

きょうで今年のこの授業はおしまい。来週12月24日は授業日の調整で木曜日の授業はなし。よかった。クリスマスイブに国語科教育法をやるなんて無粋。みんなのイブがステキでありますように。

だけど,この授業は本当にやりがいがある。

ある学生のシャトルシートに「授業の表面的なものだけを見ていたことが,この授業で明らかにされていくのですごくおもしろい。」と書いてあった。そんなふうに僕の授業をうけとめてくれていたんだ!と,うれしくなってしまう。

この授業に限ったことではないけど,授業が終わった日に,次週の授業予定を修正することにしている。大幅な変更をすることも多い。とりわけ,今年の中等国語科教育法と初等国語科教育法は手を入れることが多い。それは毎週毎週,週ごとに学生たちが授業レベルを上げている証拠。教室の空気が熱い。

いい授業をめざしている学生にはいい授業を通していい授業を学んでもらうのがいちばん。なんて,言いながらできもしないんだけど。ぼくは来年もそれをめざして1号館の階段を駆け上がるつもり。

やっぱりパインアメ

一日,3時間も運転していると飴の一つでもほしくなる。さいわいコンビニはいくらでもあるので車を止めては飴の味比べをしている。少し前まではカルピス派だった。その後,フルーツ系になった。梅味も気に入った。

先日,夕飯の食材を買うためにスーパーに寄った。レジに向かうお菓子のコーナーに飴がたくさんぶらさがっている。国道沿いのコンビニでは見かけなかった懐かしいのを見つけた。そうそう,こういうのがあったよなあ。

以来,ぼくの車にはパインの匂いがただよっている。

男はだまってサッポロビール

ゆうべは愉快な仲間たちとの年忘れの会。昼間の国語科研究の熱さをそのまま詰め込んだ年忘れの会。

佐賀駅ちかくの総菜屋は笑い声が絶えることがなかった。そして杯を重ねるごとにだれもが饒舌になっていく。この地に赴いて3年。こんなにいい人に巡り会い,包まれ,いっしょになれるとは思っていなかった。

一人一芸ではなく,一人一話。だれの話も興味深い。だれも話の邪魔をしない。絶妙なうなずきと切り返し。予想外の展開にも話がつながっていく。だれも聞き逃さないしひとつひとつの言葉をからだにしみこませている。他愛もない身の上ばなしなのに,何度も聞いた高校野球の話題なのに,悲しい思い出なのに,冗談以外のなんでもないのに,話がぼくらをつなぐ。聞くことがぼくらを強くする。もっと聞きたいっていう気持ちがみんなをやさしくする。

そんな一夜の宴だった。

いつもとちがって

京都での仕事。朝,タクシーに乗った。聞こえてくるラジオ番組はいつも通勤途中で聞いている番組。アナウンサーの声だって覚えているし,次のコーナーも分かる。テーマソングだって歌える。そして何より,今,聞こえるこのスポーツコーナーは,権現山の雲母坂を下りて小学生の若葉ちゃんたちとすれ違うとき,って,いつもの風景が見える。

きょうのスポーツコーナーは二条城の前の信号待ちではじまった。道路交通情報は西本願寺の前。京都駅に着いた。いつもなら有明海のバイパスの入り口。

東に向かって始まる出張と西に向かって終わる出張。

そのどちらも楽しみながら,今朝はネクタイしめて張り切っている。昼に食べるつもりの京都駅のカレーライスも楽しみ。帰りは豚まんとチーズの入ったパンを買って帰るつもり。

指月会

指月会はだいじな会。

たからものが入っている箱のような会。しかもふたがない宝箱。いつでもどうぞ,いままでどうも,これからももっと,いつまでもずっと。そんな会。きょうは京都の山科で熱い熱い3時間半。小学校の坂を下りながら受けた風は冷たかったけどとってもステキな時間にありがとうって気持ちでいっぱいだ。

けんじさん,たかゆきくん。きょうはほんとうに魅力的な話題提供をありがとう。そして会員のみなさん,次は来年1月,よろしく。

もりたつ

仲のよい友とネパール料理でビールを飲んだ。今の国語科授業とこれからの国語科授業について語りながら。

この10年間,僕たちも進んだよねと乾杯をし,もっとがんばらないといけないねえとおかわりをし,じゃあ来月はどんなことをしようかと3杯目。

「もりたつ」,まだまだこれからです。

単元学習

一年を通じて6学年すべての授業を参観させていただいた。どの単元学習も授業をされる先生とその先生を支える職員室との協働の産物だった。

6年生の授業を参観したのはまだ春のなごりがあった頃。それから半年間でこの学校は単元学習を自分たちのものにされたと思う。

そして,この小学校につながる中学校の先生も単元学習を始められるとのこと。

単元で学ぶことの魅力をもっともっとこの小学校と中学校の先生方と共有したい。この子どもたちと共有したい。その家庭や地域と共有しなければならない。

いい授業をめざすこと

きょうも教室に学んだ。柔軟な先生は子どもの発想をのびやかにする。丁寧な先生は子どもを動かす。熱い先生は子どもを冷静に見る。静かな授業は子どもを伸ばす。

きょうはそんな授業に包まれた。

えらそうなことばだけど,この先生はもっともっといい授業ができるようになるだろうなと思った。柔軟で,丁寧で,熱く,そして静かな授業をされるこの先生とこれからも一緒に学び続けたいと思った。

教室に学ぶことが何より尊いことだ。ぼくは教室にいる幸せを感じていたい。

きつつきの商売

我が家の前の雑木林にはきつつきが住んでいる。樫の木やぶなの木をコンコンとやっている。この頃は竹にもしがみついていそがしい。

ここに越してくるまで,きつつきの顔は小学校3年の教科書の「音屋」の挿絵でしか知らなかったが,ほんとうにあんな顔をしている。馴染みのある顔だ。

先日,秋の便りに絵でも添えようと思い,カラスウリをさがしに雑木林に入った。昨年も見つけたところにあるだろうと思っていたが,めあてのカラスウリになかなか会えない。と,そのとき,コンコンが聞こえてきた。カラスウリそっちのけで,こんどは「音屋」さがし。こちらはすぐに発見。あいかわらず愛嬌のある顔だ。

「おい,カラスウリは何処か知らんかあ。」とたずねながら,コンコンと林を歩いた。

 

啄木鳥の木つつく音を心あてに君をたづねて森にさ迷ふ  啄木

あたりまえじゃないかもしれない

偉い人の話は難しいが味がある。あるいは分かりやすいが奥深さに気づけないことがある。いずれにしても鵜呑みでは何も得られない。

ぼくは今,ずっとあたりまえだと思っていたことを疑い始めている。「ほんとうか」と問いかけられたような気がするから。

研究につながる「?」と「!」

研究なんて大げさなことじゃなくていい。日常から「?」を気づいて「!」をさがす。これは虫取りや魚釣りから得た自然とのつきあい方。

そんなことを研究室で語っていたのを思い出してくれたのか。かおりさんから届いたメール。

「息子が1歳のときから、読んでほしいというときは絵本を読み、就寝前にも読みきかせることが習慣になっている。始めのころは、私が図書館で選んで借りてきた本やすでに家においてあった本を子ども用の本棚に並べていた。しかし、徐々に自分で絵を見て選んだものを借りてくることが多くなった。
 最近では、気に入った絵本を何度も読んでほしいと持ってくることや自分でページをめくって一人で読んでいる姿がみられた。気に入った絵本は始めに読んだときに続けて2,3回繰り返して読むこともある。また、何日にもわたって、10回以上繰り返し読むことはよくある。何度も読んだ絵本は、ほとんどを記憶しており、私が読んでいるとページをめくるタイミングもぴったりになる。絵本以外でも、日常の息子の言語の習得については著しい成長がみられる。初めて聞いた言葉はすぐに意味を聞いたり、日々使っている言葉が増えていたりする。」

この親子のコミュニケーションには「?」がいっぱいあるんだろうな。そして,夕飯の時,夫婦で「!」を語っているんだろうな。

と妙に分かった気分になっている僕は,片道90分の車の中で「?」と「!」を繰り返している。

茶畑の見える教室

大きく開けられた窓から秋の風が届く。教室の中の熱気のことを知らない風はのんきなものだ。担任の先生はネクタイまで濡らしそうな汗をかいているのに。

中学生の声が心地いい。魅力的なひらがなをつかっているから。

中学生の発話の中の「漢字」は背伸びしている。そんな背伸びの漢字が黒板に書かれる。ありがたい言葉のように,その学習の正解のように。

中学生の「ひらがな」は心の態度を見せてしまう。思春期の「ひらがな」には自分が出てしまう。思わず,思いがけず,あるいは,思いのままに。出てしまう。出せてしまう。教室の生徒はみんなその発話を聞いているんだけど,自分も同じ「ひらがな」をもっているからその特別さに気づかない。

だったら,元中学生だったわたしたちおとなはその「ひらがな」に気づきたい。「ひらがな」に気づけたら,生徒とぐっと近くなれる。生徒がわかる。生徒がいとおしくなる。だって,その「ひらがな」にはその人との距離感や懐かしさや尊敬や大好きの「ふさわしさ」が隠れているんだから。

そんなこと考えながらぼくは授業を眺めてる。この授業が終わったら,このクラスの生徒たちとあそこの茶畑でかくれんぼしたいなあ。

教室に学ぶ

きょうも教室にいる。4年生と3年生の声が響いている。先生が汗をかいている。子どもがプリントと格闘している。指示もされていないのに教科書を何度ものぞいている。いい風景だ。

僕は本も読む。人の話も聞く。たずねることもある。思い出しながら紡ぐこともある。だけど,教室に学ぶことがいちばんだと確信している。僕はいつも教室に学んでいる。いつも教室に居る。

西原さんと髙木さんの教室に居ると,大村先生や清原先生の声も聞こえる。倉沢先生のまなざしが見える。戸田先生の低い声がする。ここには国語教育の理論と実践がある。

二階堂よりも熱い中学校の先生

きょうは福岡に来ている。中学校国語教育研究会だ。授業にひきこまれた。生徒と先生の対話にひきこまれた。

中津唐揚げという名物をつまみながら,二階堂を飲み,昼間の生徒の声を繰り返す。教師とのやりとりを再現する。あのとき,あの生徒は何を学んでいたんでしょうね。あのとき書いた板書は生徒の思考に役立ったのでしょうか。学習プリントをもういちど活用させたかったんですが。

どれもに大きくうなづく。どれもが授業研究を深める入り口になる。どの先生も耳を傾け,声を上げ,そのやりとりを胸に刻んでいる。京築の研究会の尊さに,僕は心ふるわせている。もっともっと語りたい。

ここが大分近くの居酒屋だということも忘れて二階堂に酔っている。終電で帰らなきゃ。

おれ,あほやさかい

整理することは苦手じゃない。それなのにどうしてもうまくまとめられない段ボール箱がある。大阪の小学校で3年生を担任していた頃のプリントやノート,作品,準備のためのメモなどが入っている。ひっくり返して全部を眺めたい思いと,避けたい気持ち。「3の3」と書いたサインペンの線も薄くなっている。

その段ボールの夢をみた。離陸の順番待ちをしているわずかな時間の飛行機の中でのわずかな居眠りの中で一人の男子と夢で再会した。ヒトシ(仮名)は僕に語った。「仕上げられへんかったプリント,まだ持ってんねんけど,先生見てくれへんか。」って。当時とおんなじくるりんとしたまつげで僕にプリントを手渡してくれた。

20年以上も前。達富先生,29歳。

4月,「段落に分けて書けること」「段落に気をつけて読みとれること」を目標にして「花,いろいろ。小さく書こう,ならべて読もう。」という単元を始めた。気の長い単元だ。4月から夏休みまで。そして,夏休みに,朝顔かひまわりかおしろいばなに向かわせようと思っていた。

順調。説明文「道具を使う動物たち」の読み取りも段落に注意して的確に読めていた。3年3組からは多くの花博士と段落名人がうまれた。「花とことばのたからばこ」という一人一人の箱はプリントや植物園の資料,花のたねの袋,図鑑のコピーなどでいっぱいになった。朝の会に教室に行くと,みんなが箱をあけている。終わりの会が終わるとその中から何か持って帰る。たからばこが毎日の流れに位置付いていた。ヒトシの箱以外は。

「ヒトシ,何も持って帰らへんのん?」「ええねん。おれ,あほやさかい,国語,分かれへんねん。ええねん。国語できひんかっても。」

「花,いろいろ。小さく書こう,ならべて読もう。」なんていう単元をつくって浮いた気持ちになっていた僕はなんて言っていいか分からなかった。「どの子どもも夢中になれる単元だ」と,ちょっと得意な気持ちになっていた僕は立ちすくんでしまった。にせものの単元。ひとりよがりの単元。やらせの単元。嫌みなことばが耳の中で繰り返される。

悲しいなんてことばじゃなかったと思う。反省なんて気持ちでもなかった。どうしようなんてうろたえる場合でもなかった。無力,そう,無力な自分。自分の無力を知っているにもかかわらず,無力な僕の前で教えてくれと言っているヒトシを見ようともしないいい加減な自分,なんとかできたかもしれないのに何もしてこなかった無責任,力もないくせに。29歳。あかん。

ヒトシのために,ヒトシにぴったりのてびきをつくること。もう,それしかなかった。それからの僕の毎日は駅で電車を待っていても,地下鉄に乗っても,お風呂に入っても,てびき。何枚つくった?何種類つくった?どのくらい失敗した?ヒトシが学びの入り口に立てるように。立ってほしい。いざないたい。手を引きたい。

「先生,もうええし。もうええねん。おれ,あたま悪うてごめんな。」辛かった。でも,ヒトシはもっと辛かった。ヒトシはもっと悲しかったんだ。ヒトシがおれあたま悪ないかもって思えるようにしたかった。

今でも胸の奥に深々と刺さったナイフ。えらそうなこと言ってもあかん。本当に教えられる先生になりたかった。ほんとうにしんどい子どもが学び続けるられるように,どの子どもも学びに夢中になれるようにしたかった。ほんとうにしんどい子どもが「ええこと思いついた,できた,見てえや!」って言える時間をつくりたかった。そんな先生になりたかった。

そんなこと思い出しながら,横浜の地下道を歩いてる。

指月の指

この学習の書く活動は,【読むこと】(エ)の「~考えをまとめる」という部分にあたるので,できあがった作品について【書くこと】では評価をしなくてもいいのかなと思うのですが・・・・・・

というおたずねの声が届いた。

この単元を「読むこと」で扱っているのなら,「書くこと」の評価をしないでおこう!と考えることも多いようですね。それも,分かります。ただ,ぼくは,一つの単元で,複数の「力」を効果的にはたらかせたいので,関係する「力」はどんどんと設定するほうが好きです。これは,「指月の指は一本」と異なることではありません。単元は効果的であるべきだと思います。「書くこと」を教える,いえ,「書くこと」を学ぶチャンス。つまり,「学び時」であり,「教え時」であるなら,そこには評価規準が設定されるべきだと思います。でも,「力」を総合させることが,学習効果を低くするのは本来的ではありませんよね。

とこたえた。

「指月の指」とは,学ぶ機会の精選ではなく,教える重点の精選。いい機会が目の前に現れたなら,その瞬間は教えるべき。学ぶ機会を提供するべき。

なんて,偉そうな言葉に小さくなっているぼく。

なぜここに来たの?

細々と続けている研究会がある。京都では月に一度の「指月会」。佐賀ではいつでもいいよの「美月会」,関東や中部地方でも小さな勉強会をしている。全部ひっくるめて「国語教室に学ぶ会」としている。

さて,美月会。今夜は長崎からの参加者があった。3名。こんな時,どのような自己紹介をしてもらうか,に迷うことがある。話してほしいことは「なぜここに来たの?」。それがいちばん。1分もかからない語り。でも,それだけでいいかなあ,と躊躇している間に,決まり切った自己紹介になる。もちろん,それはそれでいい。今夜も見事な自己紹介だった。昨日までに会ったことがあったかな,と思っちゃうほどのショートストーリーに惚れ惚れする。

だけど,たずねたい。「なぜここに来たの?」って。だけど,だけど,その瞬間,どきどきしながらその語りを聞いているぼくが居ることをぼくは知っている。

学級びらき

10月1日。後期のはじめ。それは「学級びらき」の日。だから少しの緊張と無限の期待と,「50歳を越えた授業をしよう」という厳しさと,そして,そして,「学習者である学生とかけがえのない教室を創ろう」という気持ちになる。この授業に来てくれた学生,ぼくの声を聞いてくれる聞き手,同じ時間を過ごす人,もしかしたらこれからずっとつながる生命。そう考えるだけで,出会えた奇跡に感謝し,小さな自分を自覚する。

学級びらき。いくつになっても,いいもんだ。

秋の風情

第137回九州地区高等学校野球長崎大会。夏の甲子園以来の高校野球。胸がおどります。ひいきの県立高校を長崎県営球場と佐世保相浦球場で応援しています。

僕にとって,秋の風情は,すすきや秋刀魚よりも,名月や虫の声よりも,読書やぬる燗よりも,高校野球の秋の大会なのです。

通学路

7時17分。車の通る道を横切る若葉ちゃん。はじめて会ったのは入学式の数日後。その道を渡りきったところまでお母さんが送ってくれる。二年生になってからは一人で道を渡るようになった。お母さんは無事を見届け、道の向こうとこっちで手を振るのが「行ってきます」「行ってらっしゃい」だ。そして今年の春からはお母さんは家の玄関から道を渡るのを見守っている。

親子で一緒に渡るときも、お母さんの前で若葉ちゃん一人で渡るときも、若葉ちゃん一人でみぎひだりを見て渡るときも、ぼくの白い車は若葉ちゃんの前で止まるのを楽しみにしてる。

少し大きめのぼうしをかぶって歩くランドセルの若葉ちゃん。ぼくがその場所にたどり着くまでの信号の加減や渋滞の具合で、会えない朝も背中を追いかける朝もある。今朝はぴったりだった。若葉ちゃんがみぎひだりを確かめているときに白い車を止めた。ぺこりと頭を下げて渡る若葉ちゃん。右手をのぞくと旧家の玄関先でお母さんもぺこりとしている。

そんな朝の時間は窓を開けてすうっと青い空気を吸いたくなる。勝手に名付けた若葉ちゃんって名前もずいぶん気に入ってる。

そんな時,ぼくは考えてる

後期の授業が始まる前,それまでの半年間のさまざまな資料の片付けをする。前期が始まる前も同じ,新しい学期が始まる前には,それまでの半年間の整理をしなけりゃ落ち着かない。

しかし,やってみると思っていたほど残しておかなければならないものは多くない。捨ててもいいものばかりだ。あれもこれもと整理していくと残るものはわずか。じゃあ,1年前のものはどうだったのだろうと手を伸ばす。それほど残っていなかったものがさらに少なくなる。ではさらに1年半前のものは?2年前のものって何があったっけ?と思いつつ,しなくてもいいことまで手をつけるのが恒例の9月と3月。部屋の片付けはくたびれるけれど気持ちのいいものだ。

でもそれは単純作業だけではないからこそ楽しい。一枚の資料からつながるいろんな思い出。しっかり覚えている一片。小さな書き込みからひろがるそのときのぼくのひらめき。思いがけない言葉から思い出されるやりきれなかった思い。置き去りにしたあの瞬間。万年筆のインクからそのときの声が聞こえる。片付けはモノの片付けだけではなく,そのときの「今」をもう一度確かめることかもしれない。だからこそ,ぼくは考えてしまう。

きょうはその日。「今」を片付け,あの時の「今」を確かめる日。 ぼくがぼくを意識する日。自覚する日。  

いつもは拓郎さんの歌かモーツァルトのコンチェルトを聴きながらの片付けなんだけれど、どうしてもきょうはAMラジオ。9時前からの中継が続く。リズムのない音声。流れ続ける中継。それも聞こえなくなりながら,ぼくは片付け続ける。教授会の資料。授業のプリント。旅先でのメモ。もらった手紙。《ラジオの声》文脈が思い出せない魅力的な断片。なんのメモもない白紙。《ラジオの雑音》学会のプログラム,領収書,割り箸の袋。《ラジオからの大きな声》《繰り返される聞き手をもたない主張》《ののしる声》《自分だけの文脈》《十分とは言えない判断力に支えられた自信満々の言葉》・・・・・・。

そういえばこの頃は・・・・・・,そういえばこの時・・・・・・,そういえば半年前の・・・・・・と考え始めている,いつの間にか。例年よりも桜が早かったことも,一人の欠席もないまま続いた授業のことも,何度も訪れた鹿児島のことも,思いの外うまくすすんだあのできごと・・・・・・。そうそう,高校野球。今年はいつもよりも地方大会に熱が入った。雨の二回戦で悲鳴をあげた同級生。高校野球最後の打席をしつらえてもらった背番号20のキャプテン。甲子園をめざす高校生はそれだけで美しい。

甲子園の開会式の日は鹿児島県出水市にいた。ぼくの講演よりも鹿児島実業の猛攻に会場が沸いていた。懇親会は国語科単元学習の話題よりも甲子園。そう甲子園。開会式での選手宣誓。京都代表,鳥羽高校の梅谷主将。そう,あのさわやかな球児の唇からこぼれる一言一言に心うたれた。真摯な言葉は聞き手の胸を打つ。「8月6日の意味」。そう,そう。そうだ。8月6日,9日,15日をまたいで行われる夏の甲子園は日本の夏なんだ。今,白球を追いかけることができる幸せ。大地を駆ける喜び。青春の賛歌。ホームベースをはさんで礼をする尊さ。美しさ。

そんなことを考えている。こんな時だからこそ,ぼくは考えている。ラジオを流しながら考えている。「今」を考えている。「これから」を憂えている。きっとラジオの中の話し手の聞き手はぼくじゃない。日本中の多くの「ぼく」がこのやりとりから放り出されている。

高校生に輝いてる

9月10日。熊本の高等学校で現代文法の授業をした。24人の高校生との「はじめまして」はとてもさわやかだった。真っ黒に日焼けした野球部の坊主頭の「よろしくお願いします」に胸が高鳴った。

大の高校野球ファンとしては,高校生というだけでたまらない。風を打ち,大地を蹴る姿に惹かれ甲子園に通い続けてる。マウンドから全力でベンチに戻る菊池投手は,グランドで走れる喜びさえ感じられない仲間がスタンドにいる限り,全力疾走に徹した。一人一人が白球にかける思いはぼくには到底分からないけど,分かった気になっている。そんな坊主頭がぼくの文法の授業をにこにこ聞いている。たまらない。全力疾走で文法を聞いてくれることはないにしても,ぼくは全力疾走で語ろうとしていた。

60分なんてあっというまだった。途中,グループワークを取り入れたこともあり,教室はひとつにまとまっている。すっかり学級担任になった気持ちになっている自分が恥ずかしい。最後にイントネーションの話をコラム的に紹介して教室をあとにした。廊下から教室をふり返ったとき,真っ黒の坊主頭と目が合った。もしかしたら彼の頭も文法に全力疾走だったかもしれない。

翌日届いた高校の先生からのメールに「また来てください」とあった。もちろん「はい」に決まってる。大学でぼくの授業の続きを受けたいと言っている生徒がいるとかどうとか。いっときの盛り上がりだとは分かっていてもぼくの心は躍ってしまう。

あたりまえの科学

今年7回目の鹿児島。夏になってから3度目。懐かしいという気持ちにはまだなれないけれど,珍しさはなくなってきた。芝生の上を走る電車がかっこいい。

年に一度はどこかで研究の成果を発表するということを続けている。それは小学校で働きはじめたときから続けていること。小さな研究会のこともあれば,海外の大学でのこともある。大先輩の前で小さくなりながら聞いてもらったこともあれば,若い人の前で語ったこともある。九州に暮らすようになってからはこの九州国語教育学会を続けようと思っている,今のところ。

研究は丁寧で誠実な姿勢で続けたい。それを纏めるのは謙虚で平易平明なことばで綴ることを約束している,自分とこれまで教えてくださった方に。

ぼくの研究は世界的新発見をめざしているわけではない。あたりまえの日常のあたりまえの事実を観察し,誰もが「そりゃそうでしょ」とか「そうそう」とうなずくこと、時には「そんなこと分かりきってるじゃん」と言われることを,教室の事実として、記録をもとに一つずつ示すことに夢中になっている。

どうして大村先生の実践はいつも魅力的なのか。清原先生のことばは静かなのに力強いのか。甲斐先生の教室は生徒が主人公になるのか。それを科学したい。名人を科学する。あたりまえということを感覚だけで語らない。ぼくの研究が教室で子どもと丁寧に向き合っている「先生」にとって役に立つのならうれしい。その「先生」がたった一人であっても,ぼくにはそれが尊い。

と,少しくたびれた発表のあと,二人の研究仲間と薩摩黒豚定食を楽しんだ。ぼくはビールを二杯いただいてご機嫌な一日だった。

じゃあ、

この夏、たくさんの人に聞いてもらったぼくの語り。いま、車窓の流し絵と重ねてふりかえってた。

語りはいきもの。その場所、そのとき、そこにいる人。文脈が語りをしつらえる。だから、語った文脈が語りたいことを変えてしまうことがある。だけど、聞き手の文脈に変えられたくないものもある。外せないものがある。

聞き手の文脈から外れても語りたいことがあるとき、聞き手の文脈に沿えていないとき、ぼくの語りの文脈がひとりぼっちのとき、ぼくは焦り、やりきれない気持ちに覆われ、未熟さの中に身を潜めたくなる。

だからこそ、ほんとうに語りたいことを平易平明なことばにしたい。そのことばがぼくの語りの文脈を鮮明にし、聞き手の文脈を具体的にする。この二つの文脈が、ぼくと目の前で聞いてくださってる方との共有の創造物という第三の文脈として完成し、残っていけばすてきなことだ。

ぼくの語りたいことのひとつは‥‥‥

《「じゃあ、」から動き出す自分たち学び》

ってこと。「自分たちの」と書いて、(主体的な)って読みたい。だから、子どもの「じゃあ、」が生まれる単元のはじめをつくろうよ。

こんなことがぼくの胸の高鳴りとなって、この夏、ぼくをただひたすらに語らせていたのかもしれない。

処暑

いろんな夏の終わりを感じる。今年も夏を存分に楽しんだ。残暑見舞いが届くようになってから,朝夕の風がかわった。とりわけ大村湾からの風はまちがいなく秋をつれてきている。

子どもの頃は三重にある母の実家で夏を送った。一学期の終業式を済ませると一切合切をリュックに詰めて国鉄や近鉄に乗って田舎に行った。吉祥寺の池で鮒を釣った。用水路で蛙と泳いだ。お淀海岸の河口で鰻をつかまえた。坊山に仕掛けを作って何十匹もカブトムシを持って帰ったこともある。少年野球の練習に夏休みをとられるようになるまで,僕の夏は自然の中にあった。

子どもの頃の夏休みの光とにおいを覚えている。だから,大人になっても,ぼくは街の灯りより草を通り抜ける風の音や潮にのってくる明日の天気に心ひかれるんだと思う。

この夏のいちばんの思い出は次男と魚をさばいたこと。---8月のある朝。ぼくの家の波打ち際で近所の釣り人が尺上のチヌを下げていた。少し寝坊をしてしまったぼくを哀れに思ってくれたのか,目が合うと同時に,「チヌ喰わんですか」ときた。「よかですか」で成立。

自慢の出刃を出してきて倅とさばいた。「この部分はお父の焼酎用。ここはぼくのおかず。ちょっと食べにくいところは月海と星海に」。ぼくが三重の正雄おじさんから教えてもらったとおりに,倅が包丁を動かす。正雄おじさんが僕に話したとおりに僕が倅に語ってる。そして,正雄おじさんが片付けたとおりに倅がまな板を水で洗って,五人前ほどの活造りができた。とびっきりの一日になった。京都に居たときには地蔵盆が夏の終わりの風物詩で,その地蔵盆を全身で楽しんでいた倅が,この地で自分の夏の風物詩をつくってる。その中に身を置いている。たくましくなった倅をちょっとかっこよく感じる。

この夏の大きな感動は甲子園。---栄冠は君に輝く。テレビだけではなく球場にも何度も通った。阪神甲子園駅から球場まで,歩くことができない。跳ねている。そう,50を過ぎた男が跳ねている。駆けている。それが甲子園。ここにいるだけでいいと思っているのに,球音はさらにぼくをしびれさせる。鳥羽高校に何度も何度も「ありがとう」を贈った。キャプテン梅谷成悟が大切にしている「感謝」の言葉を,高校野球ファンとしてそのまま18人の選手に,アルプスの選手に贈りたい。ありがとう。

この夏の尊い学びは九州各地の先生方との時間。---多くの同志と語り合った。焼酎を交わした。握手で誓った。これからその整理をしなくっちゃと思ってる。昨日の鳥栖市での研究会を含め,20を超える学びの場で学び合った。それらのひとつずつを言葉にしておきたい。

明日からもまだまだ予定は続くけど,ぼくはやっぱり日に焼けた肌の色をちょっと自慢しながら,「夏休み」という言葉に浸っていたい。「ひまわり,ゆうだち,せみのこえ」と歌った吉田拓郎さんのメロディーを唇に,もう少しなごりの夏色に酔っていたい。

夏休みを楽しめなくなったら,自分がつまんない大人になったことを自覚しなきゃ。さあ,次の夏休みはなにをしようかな。指折り待つのが夏休み。

夏風邪

寒いから風邪をひくわけではないことがよく分かった。こんなに暑い甲子園でしっかり風邪をひいた。

鼻水よりも咳よりも涙を流すことが夏風邪を軽くしてくれることも分かった。

来て見れば

実際にやってみることはほんとうに大切なことだと思う。やったことがなくても語れる人はいいけど,僕の場合はやっても十分に語れないんだから,やってみないことには何もはじまらない。だから細々でいいから実践を続けたいと思ってる。そして,「むかし」のことを引き合いに出さないようしようと思ってる。以前できたことが今でもできるとは限らないことを知ってるから。

30代の実践は勢いがあった。40代の実践は丁寧になった。50代の実践はどんな言葉で語れるんだろう。50代の終わりが楽しみだ。

僕の仕事の半分くらいは人に語ることでもある。25歳からはじめた「せんせい」。毎年の記録も100冊をこえた。それらを縦に並べたり横に積んだりしながら見えてくることを語っている。30分程度でまとめることもあれば,1時間半×4コマの一日仕事の時もある。

「わかる,わかる,わかりました。」って言ってもらえるのはうれしいけれど,「そんなにかんたんにはわからないでしょう。」と言ってみたくもなる。だって,25年間かけてわかり始めたことを語っているんだから。6時間程度でわかってもらえるはずはないことは僕がよく知っている。

だから僕は実践を重ねるようにしている。子どもの声,教室の声を僕の語りに響かせるようにしている。僕よりもずっとずっと教室に近い方と共有するには実践しかない。子ども不在の研究,子どもの声なき理論,教室の声が聞こえない独りよがり。そんな実践や理論をぶら下げて人前に立つことにならないようにと戒めている。

教室のリアリティが尊い。ほんとうにそう思う。7月28日は僕の部屋にたくさんの現場人がやってきた。僕ももう少し元気でやってみようと思ってる。

自分展

とにかく効果的な活動を取り入れた授業。学習者が主体的に動く授業。自ら課題を設定し,それに向けての道を自らデザインし,行きつ戻りつしながらグループでのかかわりを通して表現していく。そして自らふりかえって次のサイクルを作っていく。

課題をつくる。デザインする。かかわる。表現する。続ける。

まわりにいる学友は価値ある他人。意味ある他人。自分も価値ある他人のひとり。

そんなことを考えながら今年は「自分展のパンフレット」づくり。21人の学習者。どれもが学び切ったって顔してた。

kanda

単元のはじまり

これもゆきさんとのゼミの話。

「単元学習で大切なことの一つに学習計画がありますよね」とゆきさん。「そのとおり」と僕。実際に単元学習を実践したゆきさんならではの発言だし,単元学習の実践の参観する目も高めてきた彼女ならではの感想だ。

単元学習での学習計画は,導入での計画からはじまり,展開での修正,その後の再修正や総括など,単元を貫いて考えていかなければならないものである。一枚の計画表をつくっておしまいというものではない。

「だったら導入と言うよりも《はじまり》とか《はじめ》という方がぴったりくるよね」と二人。

導入は決して教師だけのものではない。常に学習者と一緒にということもないだろうけど,単元の《はじまり》は学習者不在であってはいけない。教師のひっぱりになってしまっては残念だ。あくまでも「学習者の《はじめ》であり,学習の《はじまり》」でありたい。学習者がそこにいて,学習者が動き出す,学習者みずからが動きをつくりだす。それならそれはまちがいなく「単元のはじまり」であり,「単元のはじめ」であるように思う。学習者がみずからモデルと向き合い,モデルをなぞり,モデルの骨組みを理解し,モデルと材料を重ねていく。重ねていこうとする。そんな大事な大事な時間であるはずだ。

こんなゼミの時間のあとは,他のことを考えずにもう少しこの余韻に浸っていたくなる。

1年生前期

きょうはオムニバスの授業。普段の授業とちがう時間にちがう教室。だけど,僕の自慢の1年生。国文法の授業のときの1年生と何か違う。うんと逞しく感じる。なぜ。彼らが一回りも二回りも成長しているように見えるし,実際,彼女らは1年生の前期を終えようとしている大学生として大きくなっている。

大学にはHRはないけれど勝手に担任の気分になっていた自分が恥ずかしい。HRなんかじゃない。ぐんと伸びている。ぐうんと羽ばたいている。そして,さっとこなしている。それがとにかく頼もしい。

高校野球

僕の趣味の一つは高校野球。本当はまだまだ野球をしたいんだけれど,その機会がないから今は観戦を楽しんでいる。

では,観戦。秋季,春季,NHK杯ももちろんおさえていいるけれど,この時期は夏の地方大会。観戦に行けるときにはベンチ横。応援団席ももちろんいいけどベンチ横。守備から帰ってくる選手とベンチとのやりとり,円陣の声,伝令前の監督と伝令選手の動き。たまらない。観戦に行けないときは何度も何度も途中経過のチェック。

吉田拓郎さんは「幸せの色は日に焼けた肌の色♪」と唄った。そう,「幸せの色は日に焼けた肌の色」。拓郎さんは続ける,「唇に浮かんだ言葉は潮の味♪」。僕の場合,二十歳の頃はそうだった。海辺が夏の居場所だった。だけど,今は違う。「唇に浮かんだ言葉は砂ぼこりとスタンドの味」。

8月6日,甲子園開幕。

京都の美味いもん便

京都の美味いもん便が届いた。

賀茂なす,万願寺とうがらし,山本屋の豆腐とお揚げ,錦の塩鮭,豆せんべい,鱧の照り焼き,鳥松の軟骨と皮,そして一保堂の炒り番茶など。

賀茂なすは焼いて生姜,万願寺は炭で鰹節,とようけは冷や奴,お揚げは日本酒,塩鮭は朝飯,鱧の照り焼きは小ぶりなら茶漬け,大味なら湯豆腐と,軟骨と皮は週末に五島の塩で七輪。

一保堂は研究室に持ってきた。これでしばらくは部屋に京都の香りが漂う。そうだ,豆せんべいも持ってくればよかった。

うまいもの便

雨天歓迎

「もう、あめはえいき(もう,雨ええわあ)」とだけの高知からのメール。「?」と思っていたら,しばらくして画像が受信された。

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運転中にこんなお客が来たらうれしいだろうな。スピード出せないから迷惑かな。急ぐ旅じゃないだろうからお供させてやっても面白そうだ。今週半ばには11号が来るらしいからたすけを求めているのかもしれない。

こちらはそれよりもこの雨で地方予選が順延されるかどうかが心配。

丸竹恵比寿

研究会のあと,けんじと一緒に京都の町を歩いた。

「四条までどうされますか。」とたずねてくれたけんじに,「歩いて行こう。」と言ったのは僕だ。「50代とは思えませんね。僕らよりアウトドアですよ。」という声に弾みをつけて,北大路から四条通りを目指した。それほどたいした距離ではないけれど,夏の京都は夕方でも暑い。

新町を下り,紫明から烏丸に出る。今出川までの途中,トロ箱で野菜を育てている中華料理屋のおやじと話をした。中国の野菜だそうだ。それを使ってメニューをにぎわせるらしい。こんな話はタクシーに乗っていてはできない。もうけものだ。

「御所を抜けよう。少しでも涼しいやろ。」乾御門から堺筋御門まで砂利道を歩く。蝉の声がしているのかしていないのかも分からないくらい。遠くから近づいてくる自転車がはねる砂利の音が懐かしい。高校生の頃,蛤御門近くのベンチに寝転がって村上春樹を読んでいたときの砂利のリズムは今も変わらない。桃林のそばから羊男が出てきそうだ。

松栄堂は店が見え始めるよりも前から香が漂う。丸竹恵比寿と唄いながら男二人の散歩もなかなかいいものだ。二条から室町に入りそのまま南へと歩いた。

両側に呉服屋にまつわる店が並ぶ。長屋が残っている。あの井戸はまだ現役なんだろうか。京団扇,手ぬぐい,組紐,京扇子。古い小学校はミュージアムになっている。御池通。もう一週間もすれば山鉾に人が酔う。

姉三六角蛸錦。めあての店に着いたときには二人とも上着を脱ぎ,袖をまくりあげ,手ぬぐいを顔に当てていた。

「とりあえずビール。1時間20分も歩いたんだから今夜は飲んでもええやろ。」けんじとの乾杯はいつも美味い。

板書

書写の授業で「板書」について演習をしている。2週にわたる内容は,型とライブ。芦田恵之助や清原久元,吉田俊一の実践を紹介し,青木幹勇の実際の板書を見せ,板書という文化を理解するのが型。そして,次は「くじらぐも」の文を使った板書ライブ。

いろんなことを考えるのが小学1年生。さらにいろんなことを創り出すのが大学1年生。とにかく書写の授業もおもしろい。

「くじらぐもの文を運動場と青い空に書きたくて・・・・・・」という気持ちは,もうそれだけで十分な迫り方だと僕は思った。

くじらぐも/運動場

くじらぐも/空

捜索願(達富動詞)

達富行方不明のニュースが流れているのか。捜索願が出ているのか。温泉を楽しんでいるあいだにメールが届いていた。

泳いでるか。研究に打ち込んでるか。飯蛸捕りか。芝の手入れか。ホームセンターか。苗木植えか。散歩か。寄り合いか。語らっているか。掃除してるか。休息か。書いてるか。描いてるか。焼いてるか。飲んでるか。喰ってるか。漬け込んでるか。燻してるか。割ってるか。削っているか。磨いてるか。一筆したためてるか。掘ってるか。彫ってるか。洗ってるか。磨いてるか。転がしてるか。眺めてるか。浸ってるか。

惜しい!残念。「湯に浸かっているか。」が抜けているぞ。

しかし僕のことをよく知っておられる。もっともっと大人をみがかなければいけないなと黄色い桶をかかえながら海辺の道の帰り道。まさか誰かに見られているわけじゃないだろうな,とさりげなく後ろを振り返ってみた。

なんでもないようなこと

大学院のゼミ生のゆきさんと一緒に小学校の授業を参観する機会が多い。同じ教室に立っていても,同じ教室が見えていても,見ているものは違う。授業後にそれぞれの観察について語り合うのが楽しい。先日は,授業だけではなく,授業後の協議会にも参加してもらった。授業者やわたしに届けられる参会者からの質問に,ゆきさんは「自分ならどうこたえるか」を考えていたらしい。彼女はきっと力をつけていくにちがいない。

きょうのゼミでは単元学習について話し合った。単元学習が価値ある学習として展開し,一人一人の学習者の学びの軌跡としてまとまっていくためにはどんなことが必要だと思いますか,というわたしの問いに,ゆきさんは,少し間をおき,少し息をのんで,プリントの端をとんとんと整えてから,「教師は,なんでもないようなことを確実に行うことだと思います」と短く答えた,彼女はもっと力をつけていくにちがいない。

ゆきさんの先輩にあたるともみちさんとも何度も教室に立った。彼は,教室でわたしの後ろに立ち,わたしと同じように教室を見ることを心がけていたようだ。あるとき,「あの板書の順序を逆にしたらどうなるかな」と彼にたずねてみた。わたしからの突然の質問に,彼は誠実にこたえてくれた。先ほどからそのことについて考えていたかのように。おそらく,本当にずいぶん前からそのことについて考えていたに違いない。無駄のない彼のことばからそのことが分かる。彼はもっと力をつけているに違いない。

先日,彼が「授業を見る目が鈍ったかもしれない」と漏らしたそうだ。現職だから日々の授業の連続にそう思うのは当然だ。しかし,現職だからこそ、そんなことはない。今,学習者の声の中で生きているんだから。学習者の声とまなざしと息づかいに包まれているとき,わたしたちはなんでもないようなことこそが大事なことだということに気づく。そして,学習者の声とまなざしと息づかいの中で,その大事なことがなんでもないようにできていくようになる。なんでもないようなことをなんでもないようにできる。そんな日に向かって彼はきっと力をつけているに違いない。

綴るってこと

達富ゼミ出身で兵庫県で教員をしているまみさんから便りが届いた。彼女は学級通信にエッセイを綴っている。子どもと一緒に「綴る」ことを日常にしているステキな先生だ。
 
始めた理由なんて、すっかり忘れてしまいました。だってもう十六年も前のこと。でもそこには、五年生の私の姿がはっきりと残っていました。ページをめくる度に、少しずつ淡い色が重なって、あの頃の気持ちも昨日のことのように思い出せるから不思議です。◆毎日、とりとめのないことを書きました。学校の日記帳には書けないようなこと。家族や友だちには見せたくない気持ち。そんなことも全部。◆もし、そんなふうに今を残すとしたら、この子たちはどんなふうに今日を綴るのかなあ。なんてことを、ふと考えたりします。「みんなのこともっと知りたいな」って始めた毎日の三行日記。放課後のいちばんの楽しみです。だけど、きっと。ここには書けない思いだって、言葉にできない思いだって本当はたくさんあるんだろうな。なんて思いながらあの頃の日記帳を見ていたら、「あたりまえやろ」と五年生の私に笑われました。◆そうだよね。でもね、これだけ。誰にも見せない今日の言葉にも、温かい想いが並んでいますように。苦しくて悲しい日の中にも、優しい言葉を見つけられていますように。あなたの綴る今日が、心地よい「おやすみ」と隣り合わせでありますように。(2015.6.28)
 
まみさんの学級の子どもも保護者のかたも,みんな週刊の学級通信やそこに綴られているまみエッセイを楽しみにしているに違いない。日々の風景を切り取る。形象を切り取る。連続を切り取る。切り取って言葉で綴る。そうすることで風景は色あせない。形象が動き出す。切り取られたものが連なって軌跡を色濃くする。綴るってことは本当に尊いことだ。
 
ぼくにとっての最後の担任は京都教育大学附属京都小学校3年ろ組。学級通信は「藍より青く」。2002年のこと。毎週,子どもの様子を語り,子どもの作文を載せ,学級の動きをそこに綴った。そして,自分もまた文章に向かっていた。「路地裏の月」はその頃に始めた達富文庫のなごり。
 
それ以降も達富ゼミでは毎週,ゼミ文集を作っていた。1期生の「くじら雲」,2期生の「ぽぽんた」,3期生の「かげおくり」,4期生は「ごん」。5期生の「山猫軒」,「クラムボン」「おむすび」「ふきのとう」「てぶくろ」「夏みかん」「あめだま」と11期生まで続く。まみさんは8期生のふきっ子だ。あの頃の文集のページをめくると今でもまみさんたち9人が動き出す。
 

誕生日ありがとう

誕生日おめでとう。誕生日ありがとう。

ぼくはお正月よりもクリスマスよりも運動会よりも誕生日が好きだ。

自分の誕生日だけじゃない。大切な人の誕生日も大好きだ。めぐりあえてありがとう。生まれてきてくれてありがとう。同じ人生をつくってくれてありがとう。

誕生日,おめでとう。ありがとう。

教室に学ぶ

現職の教師と一緒に学ぶという機会をもてることは尊いことだ。きょうも多くの先生と同じ問題意識で授業にふれた。単元にふれた。子どもの学びにふれ,教室の事実に学んだ。本当に尊い。

同じ事実を見ていても解釈がちがう。新たな気づきというような生やさしいものではない。大発見である。

子どもの学びを言葉で語るには語彙力と表現力が必要だ。教室の事実を言葉で綴るには観察力と構成力が必要だ。誰一人として同じ語りはできない。同じ記述も存在しない。ということは教室の事実は一つではないのか。そもそも教室には事実は存在しないのか。学ぶ者の数だけ,教室の物語が存在するのかもしれない。

教室の主人公は一人ではなく,誰もが主人公であり,それぞれが他とかかわりながら動いている。それを私たちがそれぞれの見方で切り取っているだけのことだ。だから,現職の教師と一緒に学ぶことはこんなに尊く,こんなに楽しく,こんなに厳しいことなんだろう。

教室の事実を記述すること,これは僕の一生の課題であり,趣味でもある。

誇り高く

学生の頃よく訪れた街のひとつが金沢だ。なんとも心地いいところで,バス停に並んでいる人がみんな知り合いのような気がする。僕にとって金沢は長崎と同じくらい大切なところだ。

そんな縁もあって,博士課程も金沢大学に学んだ。

金沢は僕を大きくしてくれる。国語学者の加藤和夫先生からはその学際的見識,社会言語学的観察とともに人,文化,場面の場面の中で生きていくことの責任と醍醐味を学んだ。

金沢は僕を優しくしてくれる。のどぐろの昆布じめなら近江町の源平。跳ねるような造りなら香林坊のいたる。おやじのあたたかさと味のしみこんだおでんなら菊一。鏡花や秋聲,犀星からも多くの文学性を学んだけれど,この三つの店に学んだ誇り高き人の道は言い尽くせない。

だから,いつも金沢は僕の目を覚ましてくれる。誇り高く生きているか,と僕に語りかける。それは金沢アンサンブルの響きであり,21世紀美術館のインスタレーションであり,四高記念館の厚みである。三軒の店が幾重にも僕を包んでくれる。

だから僕は金沢に立つとしなやかになれる気がする。金沢を歩くと強くなれる気がする。金沢に包まれるともう少しがんばってみようという気がする。誇り高く生きていきたい,そんな気持ちになれる。

木曜5限の心地よさ

前期木曜5限。小学国語。

17時50分とは思えない熱さがある。もちろん僕も真剣だ。だけど,それと同じだけ学生の力がそこにはある。この48名の学生から見られていること,96の瞳が集まること,聞き逃すまいと傾聴する姿にふれること,ノートをめくりペンを走らせる音が響くこと,そのすべてが心地いい。小学生だって中学生だって関係ない。もちろん大学生だって。学び手の熱に年齢差はない。本気で学ぶ姿はいつだって美しい。それは真剣勝負だ。

1.5時間の予習を課している以上,1.5時間の授業を満足させたい。1.5時間の復習を求めている以上,毎時間の内容が連続性をもって15回の授業群が形作られなければならない。そんなの分かってる。それが心地いいんだ。

とにかく,前期木曜5限が楽しい。

いくつになっても

誕生日はいいもんだあ ♪♪ と,先日のKTNの番組で虎さんも唄ってた。夕方,浜辺に集まった子どもや孫や友達や近所の人と唄ってた。そして,孫とチューをして「もう死んでもよかあ。」と目を細めていた。誕生日は本当にいいもんだ。

僕の誕生日には毎年,かけがえのない贈り物が届く。48になったとき,「もう来年からはこんなことしてもらわなくてもいいから。」と言ったんだけど,あれからもずっと届き,今年もまたステキな一冊が届いた。

111人の達富ゼミ生からの「声」が一葉の写真と一緒に綴られ,それが「声の重なり」となり,一冊にまとめられている。アルバムなんかじゃない。「声の手帖」だ。いつもいつも111人全員がそろうわけではない。久しぶりに声を届けてくれる人もいれば,生まれたばかりの赤ん坊との生活に届け忘れたという人もいる。「先生!今,先生の誕生日どころじゃないんです!危機的状況なんです!」なんて人もいる。「完全に忘れていました!」っていう常連組もいるだろう。目に浮かぶ。「完璧なものを作ろうと作戦を練っているうちに・・・」なんていう性格は学生の時から変わらないよね。そんな人の顔も目に浮かぶ。みんなみんな,たまらなくうれしい。届いた声も,届かなかった声もうれしい。人数なんかじゃない。届いても届かなくても声が重なっているのが伝わる。僕はこの人たちに包まれていることをほんとうに幸せに感じてる。

まちがいなく,そう,まちがいなく,たしかに,この111人と2年間のゼミで同じ時間を過ごした。本気で時を共有したから,今でも「元気です」の言葉が交わせる。「久しぶり」の言葉が遠くない。「じゃあまたね」の声は嘘じゃない。それは事実。

今年もありがとう。また河原町で読書会をしよう。木屋町を歩こう。三条大橋や阪急前で待ち合わせよう。渡辺屋さんで,井川丸で,王将で涙流して笑おう。そして,北京亭で熱い話しをして盛り上がろう。

ありがとう。ほんとうにありがとう。みんなありがとう。そしてけんじ,かおり。声を集めてくれてありがとう。声を重ねてくれてありがとう。

モノ/アルバム

そうそう,48歳のときに「もういいよ」って言ったのは,48歳引退説をまじめに考えていたから。僕が25の時,虎さんが37の時,まじめに「退きどき」について語っていた。「引退するなら旬の内にやめたかねえ」「それは何歳ぐらいかねえ」「そりゃあ48歳」「48歳しかなかって」「48歳でやめる,で,自然に生きる」「で?」「で,海に帰る」なんて語ってた。虎さんは海に帰っちゃったけど,僕は「退きどき」をわかっていながら,もう少しだけ本気でやってみる。

現職の先生

きょうの教員免許状更新講習は9時から16時30分まで。予備講習の時から続けている毎年恒例です。身が引き締まる思いで会場まで足を運びました。30代,40代,50代,80名ほどの先生方が参加されます。90分の講習を4コマ続けるわけです。いい加減な姿勢でできるものではありません。これまでの文学研究,授業研究,そして何より子ども研究を真摯に語ることを心がけました。

参加の先生方と教室のリアリティを共有できる貴重な瞬間です。

居眠りをされる方など,もちろん居られません。何を書いておられるんだろうと気になるくらいにメモをとってくださっています。うなずいてくださるタイミングは抜群です。本当に聞き上手な方ばかりに,わたしの話もついつい熱を帯びます。なぜこんなに熱くなってしまうんだろうと思うほどに,先生方との距離が縮まっていきます。と,同時に,本当に役に立つ話になっているのか,と自身へ問い返し,心配にもなります。

途中の15分休憩や昼休みの時にも質問をしてくださいます。その質問はどれも教室の風景が見えるものであり,子どもの息づかいが感じられるものです。こちらだって「先生」の感覚を錆び付かせるわけにはいきません。日々,ふれている学校現場でのリアリティをもって真摯に語り合います。それが何とも心地いいんです。

16時30分,今年も拍手をいただいて講習をとじることができました。

来年も,もっともっと魅力的な講習をしたいと思っています。「10年後の講習の時も必ず来ます。」と言ってくださってありがとうございました。「10年後は退職しているので後輩に勧めます。」と言ってくださってありがとうございました。わたしももっともっと距離の近い実践研究をみなさんに届けられるように日々を過ごします。

帰り道,手伝ってくれたスタッフと食事をしながら,なんとも充実した一日だったね,と乾杯しました。ありがとうございました,みなさん。

モノ/免許状更新講習

たこつぼの中は青い海

五島の海をそのまま伝えてくれるたこつぼ。20年ほど前に虎さんにもらったつぼは僕の家の庭で苔むしている。今年の春先,慎太郎がまた送ってきてくれた。慎太郎がもぐってとってきたアワビとサザエと船釘と。

今は図書室の机の上の棚にでんと置いてある。まだ暗い明け方。このつぼの中から五島の潮騒が聞こえてくる。紺碧の海,どこまでも遠い海,包んでくれる海,虎さんが帰っていった海。

風景/五島のたこつぼ

五島のトラさん ~父親と家族の22年~

土曜日。久しぶりに虎さんと会った。相変わらずの男だった。

ぼくの小学校の先生としてのスタートは五島。そのとき,はなえの担任をした。はなえの親父が虎さん。頑固で曲がったことが大嫌いで,そして涙もろい男が僕は大好きだった。意見は合わないことの方が多い。人の話を聞かない(お互い)。自分の話していることが分からなくなったら「もうよか。」と締めくくる。とっくみあいをして居間のガラスを割って母ちゃんに叱られたこともある。すごすごと二人で飛び散ったガラスを片付けて,また飲んだ。

「夕方とれたもので飲もう!」というのがいつものこと。それがイカの時もあればクロのときもあれば,マンボウの時もあった。何かよく分からないものを喰わされたことも多い。イソギンチャクや何処にでもくっついている貝も喰わされた。どれも美味かった。洗面器ほどの牡蠣を連れて帰ってきた時の虎さんは末っ子の竜之介よりも少年の顔をしていた(当時は7番目はまだいなかった)。海の神様と言いながら手を合わせて喰った。そうそう,男だったら「セブン」,女だったら「なな」と遠くの海を見ながら語り合った。

芋焼酎を生で飲むことのかっこよさを教えてくれた。テレビに文句言うことの楽しさを教えてくれた。「間違っている!」と言うことの正しさを教えてくれた。「無礼でもいいけど卑怯にはなるな。」と叩かれた。「家族は自分で鍛えんばっ。」て叱られた。「おいらは二人ともどもこもならん男よっ。」と笑い合った。

久しぶりの虎さんは,やっぱりかっこよかった。

ひと/虎さん02

虎さん,会いたか。飲みたか。ざあまに話したか。

http://www.ktn.co.jp/program/program_2015_torasan/

2015年5月30日 | カテゴリー : 家族 | 投稿者 : Paul.TATSUTOMI

文法の授業が盛り上がってる ?!

木曜日の5限。教科内容の国語の時間だ。僕はこの授業を気に入っている。毎年,この授業ほど盛り上がる授業はないんじゃないかなというほどだ。とりわけ今年の前期のこの授業は距離が近い。きょうは7回目の「音声」。SLIPPPの内容を授業しながら実際にワークショップでやってみる。「ラーメン食べたい!」のスピード,「ラーメン食べたい!」の大きさ,「何やってるの」のイントネーションなどなど。本当に学生がいい!学生の一生懸命がステキ!親と子の年齢なのに,90分間の授業は対等に対決している。これこそ大学のアクティブラーニングだ。来週は8回目の「方言」。ドリカムの「大阪LOVER」を学習材にして真剣勝負。

そうそう,この授業。誰が始めてくれたのか(実は知っているけど),授業開始前に達富授業流の黒板に仕立ててくれている。左側が横書き,右側が縦書きに黒板を拭いてくれている。君たち,きっとステキな先生になれるよ。きっとステキな先生になれるよう応援してるよ。

風景/黒板

そういえば小学校の先生をしていた頃,小学2年生からこんなメッセージをもらったことがある。

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だから,黒板は今でも大事にしてる。

まっすぐ

まみさんが「まっすぐ」という学級通信集を届けてくれました。それはそれはもう本当にやさしい言葉の集まりで,かけがえのないいのちの絡み合いで,真剣勝負の学級経営のあしあとで,閉じるにはもったいない教室の事実です。

こんな学級通信を綴れるまみさん,幸せですね。こんなだいじなものを読ませてもらえる僕も幸せです。

この次会うとき,「まっすぐ」を二人の間に置いて子どもと教室を語りましょう。それがとっても楽しみです。ありがとう,「まっすぐ」を読ませてくれて。

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指月会

きょうは指月会。ぼくが最高に大切にしている会だ。自身を高める会,みんなで高まり合う会,互いを認め合い尊重する会,人を愛する会,そばにいるだけで心地よい会。そんな指月会。

20名近くのメンバーが集まり,単元学習について学ぶ姿勢は,同じ空間にいるだけで自慢したくなるほどに輝いている。だれもが穏やかな顔をしながら厳しいまなざしで資料を見つめている。45分に一度の休憩時間にはそっと隣と混じり合う。言葉が響く。思いが共有できる。

ああ,なんて尊いんだろう。ぼくは,ずっとここに身を置いていたい。

読むことと書くことはそんなに離れていない

ゼミでのこと。ゆきさんが大村はま先生の実践を深く考察して言いました。「読むことと書くことがそんなに離れていないんですよね。」

そうなんだ,その通りなんだ。だから力を輪切りにしちゃいけないんだ。互いに絡み合おうとしているものを分けることはとってももったいない。だからといって何でもありというわけじゃない。それぞれの特質をしっかり分かったうえでありのままの行為として続けることがいいんじゃないかなあ。

さくらんぼ

朝からやけに野鳥が集まってくるなあと思ってた。日が高くなるとその声も止んだけれど,夕方5時の「夕焼け小焼け」が流れる頃にはカラスまでやってきた。何が目当てなんだろうと庭に出てみると,いつの間にか山桜にさくらんぼがなっていた。風呂から眺めたり,花びらを映して飲んだりしていた頃からひと月も経っていれば実もなるはず。薄い緑色から完熟の紅までの濃淡の粒が緑の葉っぱの中にばらまかれて美しい。

そんなに鳥に人気ならと,紅を一粒。

まったく予想外の味。ぺっと吐き出した。その小さな粒を柴犬の月海がぺろりと舌に乗せ,これまたすぐにぺっと吐き出した。一部始終を見ていた妹の星海は粒に近づくこともなく飛行機雲を見ていた。

単元学習を語る

本年度から校内で単元学習に取り組むという小学校をたずねてきた。先生方の姿勢に引き締まる思いがした。単元学習の概略を知ってもらうだけではなく,体験して感じ取ってもらおうと考え,昨年度,わたしがある小学校で行った単元学習(6年生)を紹介し,実際に先生方にもその単元にふれてもらった。

演習を通して実感してもらったのに,うまく伝えられない。単元学習について説明するだけなのに何か気負ってる自分がいる。単元学習のほんとうの魅力を説明できない。それは自分自身が語りたいことを十分に分かっていない証拠。子どもの書いたものの価値を語れない。紹介がつたない。子どもたち,あなたたちのこんなにすばらしい学びの軌跡をことばにできなくてごめんなさい。先生方,大切な時間をいただいたのに申し訳ありません。

どうすれば単元学習を語れるんだろう。そのことばかりの帰り道。西へ向かう国道は気が重たい。武雄の雄大な空と山を見ても,大村湾の懐かしい潮騒を聞いても,気が重たい。もっともっと勉強しなければ,もっともっと本物にならなければ人には伝わらない。「伝えたい!」とりきむより,「伝えてやろう!」と図るより,「伝わっちゃった。」という時間をつくりたい。

達富,「単元学習を語る」という壮大な単元学習にとっぷりと浸っている感じです。

人前で話すこと

5月12日の午後4時5分。研究会で話をすることはずいぶん前から分かっていた。分かってはいたんだけど,どう話すかを整理できないまま当日を迎えた。もちろん資料は熟読を重ねた。そういう意味では準備は万全。だけど,それを話しことばにのせることができそうにない。その場に身を置くと,すっと話しことばになる時ももある。ならないこともある。きょうはとらえどころのない感覚のまま,4時5分。

この日まで検討を続けてこられた先生方の文を読み,発表を聞き,協議に学びながら,同時に自分の話すこともまとめなきゃならない。平易平明に語りたい。達意簡明を目指したい。紋切り型の語彙は避けたい。聞いてくださっている方のメモが,ペンを走らせているだけでパラグラフライティングになるように話を組み立てたい。ああ,4時5分。

お気に入りのモレスキンのノートには話したいことの項目が九つ。多すぎる。絞り込まなきゃ。三つにしよう。これとこれとこれ。じゃあ,この三つの順序は。出だしの言葉は。繰り返したいキーワードは。このことを伝えるのにふさわしい語彙は。先ほど発言された方の引用をするほうが分かりやすい。そんなの分かってる。分かっているけど・・・・・・,4時5分。

そういえば,昔,「4時5分♪ 4時5分♪」って歌の番組があったような気がする。今日の4時5分は不完全燃焼。ふうっ。

綴るということ

かおりさんから小包が届いた。ひいじいちゃんが逝ってしまったときの息子と家族の時間が綴られている。「おおじいじとの別れ 隠さず,やさしい言葉で」と題して綴られた言葉が再現するその瞬間は,小さな男の子とその両親との姿だけではなく,もうひとつ,「家族」の風景を切り取っている。書いた本人,描写された人物,読んだ者。言葉の共有が事実をつくる。ぼくはかけがえのない贈り物にふれた気がした。ありがとう,って言葉がその感想。

『ちいさい おおきい No.105 幼い子に「死」を語るとき』,ジャパンマシニスト社